2017年05月17日

ヤマニンゼファーが死亡

16日に、1993年の天皇賞・秋と1992年と1993年の安田記念を連覇したヤマニンゼファーが死亡・・・

29歳・・・

戦績は20戦8勝・・・
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ハイセイコーが3着に敗れた日本ダービー(優勝:タケホープ)

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、タケホープの勝ったレースというより、ハイセイコーが3着に敗れたレースもそうですね・・・
 
ハイセイコーは、2歳(当時の3歳)7月に、地方競馬でデビューし、3歳(当時の4歳)春まで、デビュー以来6連勝で中央競馬入り・・・
中央競馬入り後も、弥生賞、スプリングステークスと勝ち続け、皐月賞へ・・・
皐月賞でも勝ち、NHK杯も勝って10戦10勝で、日本ダービーへ・・・
しかし、日本ダービーでタケホープの3着に敗れ、初黒星・・・
秋に京都新聞杯2着で、菊花賞がタケホープのハナ差の2着・・・
暮れの有馬記念がストロングエイトの3着・・・
4歳(当時の5歳)になると、主な戦績で、天皇賞・春がタケホープの6着、中距離の宝塚記念、高松宮杯を連勝し、有馬記念のタニノチカラの2着を最後に現役引退・・・
 
現役引退後は、日本ダービー、天皇賞・春のカツラノハイセイコ、皐月賞のハクタイセイなどを出し成功・・・
 
ハイセイコーは、第1次競馬ブームの主役で、第2次競馬ブームの主役・オグリキャップらとともに、「アイドルホース」とされます・・・
 
1973年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、社会現象にまでなったハイセイコーが3着に敗れたレースとして印象に残っています・・・
(まだ、競馬はよく知りませんでしたが、ハイセイコーの名前は知っていました)
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ロングエースの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、ロングエースの勝ったレースもそうですね・・・
 
ロングエースは、ランドプリンス(皐月賞)、タイテエム(天皇賞・春)、イシノヒカル(菊花賞、有馬記念)とともに、「最強世代」の「4強」を形成・・・
(この世代は、最もレベルの高い「最強世代」とも)
 
ロングエースは、デビューが遅く、3歳(当時の4歳)1月に、デビューし、皐月賞前まで5戦5勝でしたが、皐月賞でランドプリンスの3着と初めて敗れる・・・
しかし、日本ダービーでは、優勝(ちなみに、ランドプリンス2着、タイテエム3着、イシノヒカル6着)・・・
秋に、京都新聞杯6着、菊花賞がイシノヒカルの5着、有馬記念がイシノヒカルの8着で現役引退・・・
 
現役引退後、種牡馬となると、宝塚記念のテルテンリュウなどを出しました・・・
まずまずの成功かもしれません・・・
 
1972年は、もちろんリアルタイムで見ていませんが、レベルが高い「最強世代」といわれ、この年の日本ダービーは、「最強世代」の日本ダービーとして印象に残っています・・・
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