2017年05月23日

スペシャルウィークの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、スペシャルウィークの勝ったレースもそうですね・・・
 
スペシャルウィークは、エルコンドルパサー(ジャパンカップ、サンクルー大賞、NHKマイルカップ、凱旋門賞2着)、グラスワンダー(有馬記念、宝塚記念、有馬記念のグランプリ3連覇)と同世代の「最強世代」の日本ダービー馬・・・
 
騎乗の武豊騎手にとっては、日本ダービー初制覇・・・
(武豊騎手は、この翌年も日本ダービーを制し、初の連覇、これまで5勝の日本ダービー最多勝)
 
天才といわれ、数々の騎手記録を保持する武豊騎手にとっても、日本ダービー制覇は「特別」だったようで、このレースは、スペシャルウィークの5馬身差の圧勝でしたが、直線で普段は冷静な武豊騎手がムチを落としています・・・
 
スペシャルウィークは、4歳(当時の5歳)も、ジャパンカップ、天皇賞の春秋連覇をしています・・・
 
1998年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、スペシャルウィーク騎乗の武豊騎手の初の日本ダービー制覇として印象に残っています・・・
 
 
スペシャルウィークについては、「スペシャルウィーク」「スペシャルウィークを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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フサイチコンコルドの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、キャリア3戦目で日本ダービーを制し、「和製ラムタラ」と呼ばれたフサイチコンコルドの勝ったレースもそうですね・・・
 
フサイチコンコルドは、デビューは遅く、3歳(当時の4歳)1月・・・
デビュー戦に勝つと、すみれステークスも連勝し、皐月賞は回避し、予定したプリンシパルステークスに体調不良で出られず、日本ダービーへ・・・
日本ダービーはわずかなキャリアながら穴人気の7番人気・・・
レースでは「音速の末脚」(超音速旅客機コンコルドのイメージから)で日本ダービーを制覇・・・
やはりわずか2戦目で英ダービーを制したラムタラにちなみ「和製ラムタラ」と呼ばれました・・・
秋は京都新聞杯を予定したが、調整が間に合わず、翌週のカシオペアステークスで2着・・・
菊花賞では、ダンスインザダ-クの3着・・・
その後は、脚部不安で現役引退・・・
 
フサイチコンコルドは、強い近親交配(ノーザンダンサー3×3、ヘイルトゥリーズン4×5のインブリード)のためか体質が弱く、順調にレースに使えませんでした・・・
 
1996年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、フサイチコンコルドがわずか3戦目で日本ダービーを制したことで印象に残っています・・・
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2017年05月22日

ナリタブライアンの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、3冠馬ナリタブリアンの勝ったレースもそうですね・・・
 
ナリタブライアンは、2歳(当時の3歳)でデビュー・・・
デビュー戦2着の後、2戦目で勝ち上がり2歳戦は、朝日杯3歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の2歳)の優勝まで7戦4勝・・・
3歳(当時の4歳)になると、さらに2連勝し、皐月賞へ・・・
皐月賞も勝ち、日本ダービーも制覇・・・
秋に京都新聞杯で2着も、菊花賞を制し、3冠・・・
3冠における合計着差が歴代3冠馬で最大・・・
暮れの有馬記念も制し、いわゆる「4冠馬」となり、年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)で阪神大賞典を勝つが、脚部不安で休養・・・
秋に、天皇賞・秋がサクラチトセオーの12着、ジャパンカップがランドの6着、有馬記念がマヤノトップガンの4着・・・
5歳(当時の6歳)で、阪神大賞典でマヤノトップガンの名勝負を制し、天皇賞・春がサクラローレルの2着、高松宮記念がフラワーパークの4着で現役引退・・・
 
1994年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、3冠馬ナリタブライアンが圧勝したレースとして印象深いですね・・・
 
ナリタブライアンは、3歳での3冠レースの圧倒的パフォーマンスや有馬記念快勝から「日本競馬史上最強馬」との評価も・・・
 
 
ナリタブライアンについては、「ナリタブライアン」「ナリタブライアンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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ウイニングチケットの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、柴田政人騎手に悲願の日本ダービー制覇をもたらしたウイニングチケットもそうですね・・・
 
ウイニングチケットは、2歳(現在の3歳)でデビュー・・・・
デビュー戦5着で、2戦目で勝ち、2歳戦4戦3勝・・・
3歳(当時の4歳)で、弥生賞に勝ち、皐月賞へ・・・
皐月賞では、ナリタタイシンの4着でしたが、日本ダービーを優勝・・・
騎乗の柴田政人騎手は、19回目の挑戦で悲願の日本ダービー制覇・・・
秋に京都新聞杯に勝ちますが、菊花賞がビワハヤヒデの3着・・・
ジャパンカップがレガシーワールドの3着、有馬記念はトウカイテイオーの5着・・・
4歳(当時の5歳)は、3戦未勝利・・・
最後は天皇賞・秋でネーハイシーザーの8着で現役引退・・・
 
1993年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、柴田政人騎手がウイニングチケットで悲願の日本ダービー制覇をしたレースとして印象深いですね・・・
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ミホノブルボンの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、ミホノブルボンの勝ったレースもそうですね・・・
 
ミホノブルボンは、坂路でのスパルタ調教で知られる快速の逃げ馬・・・
 
2歳(当時の3歳)でデビューし、2歳戦を朝日杯3歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の2歳)まで3戦3勝・・・
3歳(当時の4歳)になっても、連勝を続け、4戦4勝で皐月賞に挑み、皐月賞を快勝・・・
日本ダービーも勝ち、無敗の2冠馬・・・
秋に京都新聞杯も勝ち、無敗の3冠馬も期待されましたが、菊花賞は、当時のレースレコード勝ちのライスシャワーの2着・・・
このレースが結局最後となり、現役引退・・・
 
菊花賞で「長距離の刺客」といわれたライスシャワーが相手でなければ、ミホノブルボンの3冠は達成されていたかもしれません・・・
ライスシャワーは、この後、メジロマックイーンの天皇賞・春3連覇を阻止、自身も天皇賞・春を2回制しています・・・
 
1992年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、ミホノブルボンが無敗の2冠馬となったことで印象深いですね・・・
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2017年05月21日

トウカイテイオーの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、トウカイテイオーの勝ったレースもそうですね・・・
 
トウカイテイオーは、シンボリルドルフの初年度産駒・・・
 
2歳(当時の3歳)で、デビューし、デビュー以来4戦4勝で、皐月賞に挑み、皐月賞を勝利し、日本ダービーも勝利し、無敗の2冠馬・・・
長期休養・・・
4歳(当時5歳)春に、サンケイ大阪杯で復帰し、サンケイ大阪杯楽勝・・・
7戦無敗で、天皇賞・春へ・・・
しかし、天皇賞・春は、メジロマックイーンの5着と初黒星・・・
秋に天皇賞・秋7着でジャパンカップ優勝、有馬記念がメジロパーマーの11着、長期休養・・・
5歳(当時の6歳)の有馬記念で優勝し、現役引退・・・
 
現役引退後、マイルチャンピオンシップのトウカイポイントなどを出しています・・・
 
柔軟な馬体で、父シンボリルドルフが「強すぎて」人気がなかったのに対し、トウカイテイオーは人気もありました・・・
 
1991年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、シンボリルドルフの初年度産駒トウカイテイオーが無敗の2冠馬になったレースとして印象深いですね・・・
 
 
トウカイテイオーについては、「トウカイテイオー」「トウカイテイオーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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メリーナイスの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、メリーナイスの勝ったレースもそうですね・・・
 
メリーナイスは、映画「優駿」の主役・オラシオンのモデル・・・
メリーナイスは、栗毛の「四白流星」の美しい馬体でした・・・
 
メリーナイスは、2歳(当時の3歳)で、デビューし、デビュー戦勝利、2戦目4着、3戦目2着と敗れたが、4戦目を勝利し、続く朝日杯3歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の2歳)も優勝・・・
3歳(当時の4歳)で、スプリングステークス9着、皐月賞でサクラスターオーの7着・・・
日本ダービーは、皐月賞馬・サクラスターオーが回避し、6馬身差の圧勝・・・
秋に、セントライト記念を勝ったが、菊花賞がサクラスターオーの9着、暮れの有馬記念が落馬で競走中止(優勝:メジロデュレン)・・・
4歳(当時の5歳)は、3戦未勝利で現役引退・・・
 
1987年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、優勝馬・メリーナイスが映画「優駿」のモデルだったこともあり、印象深いですね・・・
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ダイナガリバーの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、ダイナガリバーの勝ったレースもそうですね・・・
 
ダイナガリバーは、生産界、馬主界をリードする社台ファーム(現在の社台グループの前身)のオーナーブリーディングホース(馬主兼生産者の馬)の大種牡馬ノーザンテースト産駒・・・
 
社台ファームは、生産界、馬主界に君臨していましたが、日本ダービーは、これまで未勝利・・・
 
社台ファーム初の日本ダービー制覇で、社台ファームの総帥・吉田善哉氏が人目もはばからず涙していたのは、日本ダービーの「特別性」を感じさせました・・・
 
ダイナガリバーは、2歳(当時の3歳)で、デビューし、デビュー戦2着、2戦目、3戦目を連勝・・・
3歳(当時の4歳)で、共同通信杯を勝ちますが、降雪の影響で、ぶっつけで皐月賞に挑み、ダイナコスモスの10着・・・
しかし、日本ダービーでは、先行し、勝利・・・
秋にセントライト記念、京都新聞杯でどちらも4着でしたが、菊花賞は、メジロデュレンの2着、暮れの有馬記念優勝・・・
この年の年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)以降は、勝てずに現役引退・・・
 
現役引退後は、桜花賞のファイトガリバーなどを出しています・・・
 
1986年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、社台ファーム初の日本ダービー制覇で印象深いですね・・・
 
 
吉田善哉氏については、「吉田善哉」「吉田善哉を知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年05月20日

シリウスシンボリの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、シリウスシンボリの勝ったレースもそうですね・・・
 
シリウスシンボリは、2歳(当時の3歳)でデビューし、デビュー戦勝利の後、2戦目が斜行で失格、3戦目は、鋭く追い込んだがハナ差2着、4戦目勝利・・・
3歳(当時の4歳)で、厩舎移籍問題や脚部不安などで、若葉賞に勝ったものの、皐月賞に出走できず、ぶっつけで日本ダービーへ・・・
日本ダービーは、皐月賞で5馬身差圧勝のミホシンザンが骨折で回避したこともあり、シリウスシンボリが1番人気となり、レースも快勝・・・
(レース当日は、重馬場で、ミホシンザンが出場できていても、重馬場を苦にしたミホシンザンンは、苦戦は必至でした)
日本ダービー快勝で、ヨーロッパ遠征へ・・・
5歳(当時の6歳)春まで、足掛け3年、14戦しましたが未勝利・・・
(凱旋門賞は、ダンシングブレーヴの14着)
5歳秋に、日本で復帰しますが、6戦して未勝利で現役引退・・・
 
シリウスシンボリは、父モガミ母スイートエプソム(父パーソロン)のシンボリ牧場の総帥・和田共弘氏こだわりの血統・・・
 
和田氏のシンボリ牧場は、中小規模の牧場ながら、シンボリルドルフ・シリウスシンボリで2年連続日本ダービー制覇をしており、その前のサクラショウリと合わせ、3頭の日本ダービー馬を生産しています・・・
 
1985年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、シリウスシンボリがぶっつけで勝ったレースとして印象深いですね・・・
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シンボリルドルフの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、3冠馬シンボリルドルフの勝ったレースもそうですね・・・
 
私は、個人的には、シンボリルドルフが日本競馬史上最強馬だと思っています・・・
 
シンボリルドルフは、2歳(当時の3歳)7月に、デビューし、2歳戦を3戦3勝・・・
3歳(当時の4歳)になると、弥生賞勝利を受け、4戦4勝で皐月賞へ・・・
皐月賞を当時のレースレコードで勝ち、日本ダービーへ・・・
日本ダービーでは、初めて馬群にもまれる苦しい競馬をしますが、日本ダービーも勝利・・・
このレースで、シンボリルドルフ騎乗の岡部幸雄騎手は、シンボリルドルフの反応の悪さに焦りますが、直線に向くと、シンボリルドルフが自ら加速し、直線を抜け出し、快勝・・・
(ちなみに、それまでシンボリルドルフ以外に敗れたことのないビゼンニシキは14着)・・・
秋に、セントライト記念を快勝し、菊花賞も勝利・・・
日本競馬史上初の無敗の3冠馬(後に、ディープインパクトも達成)・・・
続く、ジャパンカップは、1年前の3冠馬ミスターシービーとの「3冠馬対決」に注目されますが、シンボリルドルフは中一週のきついローテーションと体調不良・・・
このレースは3着と初めて敗れます・・・
優勝は、日本馬のカツラギエースが逃げ切り勝ち・・・
ミスターシービーは10着・・・・
暮れの有馬記念では、シンボリルドルフの楽勝(カツラギエース2着、ミスターシービー3着)・・・
この年の年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)になると、天皇賞・春(ミスターシービー5着)を勝ち、宝塚記念を脚部不安で回避も、秋に天皇賞・秋でギャロップダイナの2着の「敗れてなお強し」のレース内容を受け、ジャパンカップ、有馬記念と快勝・・・
この年も年度代表馬(2年連続)・・・
5歳(当時の6歳)で、アメリカでサンルイレイステークスでダハールの6着・・・
レース中の故障で現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、名馬トウカイテイオーなどを出しています・・・
 
シンボリルドルフは、父パーソロン母スイートルナ(父スピードシンボリ)という血統で、シンボリ牧場の総帥・和田共弘氏のこだわりの血統・・・
 
1984年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、日本競馬史上最強馬と私が思うシンボリルドルフが苦しい競馬の中で勝ったレースとして印象深いですね・・・
 
 
シンボリルドルフについては、「シンボリルドルフ」「シンボリルドルフを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
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