2017年04月29日

ライスシャワーの天皇賞・春制覇(2回目)

競馬の天皇賞・春で印象に残っているレースといえば、ライスシャワーの1995年の2回目の天皇賞・春の勝利もそうですね・・・
 
ミホノブルボンの菊花賞での3冠阻止、メジロマックイーンの天皇賞・春3連覇阻止をした「刺客」ライスシャワーが、このレースでは、狙うべき「ターゲット」、本命馬がおらず、自身がこのレースの「主役」でした・・・
 
ライスシャワーは、ロングスパートで、追撃を押し切り、このレースを粘り勝ちしました・・・
 
ミホノブルボンやメジロマックイーンのためにも、このレースは「負けられないレース」でした・・・
 
淀(京都競馬場)が得意(菊花賞・天皇賞・春はともに京都競馬場)のライスシャワーは、1995年の天皇賞・春を「主役」で勝ち、この年は、改修工事で、阪神競馬場でなく、京都競馬場で行われた宝塚記念で、レース中に故障し、予後不良に・・・
 
まさかの「悲劇」の結末・・・
 
1995年の天皇賞・春のライスシャワーの「刺客」ではなく「主役」として勝ったレースは、その後の宝塚記念の「悲劇」と合わせ、リアルタイムで見ましたが、印象深いレースでしたね・・・
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ライスシャワーの天皇賞・春制覇(1回目)

競馬の天皇賞・春で、印象に残っているレースといえば、メジロマックイーンの天皇賞・;春3連覇を阻んだライスシャワーの1993年の天皇賞・春もそうですね・・・
 
ライスシャワーは、1992年の菊花賞で、当時無敗の2冠馬(皐月賞・日本ダービー)のミホノブルボンの3冠馬の夢を阻み、「長距離の刺客」といわれていました・・・
当時の菊花賞レコードで、ライスシャワーが勝利しましたが、もし相手がライスシャワーでなければ、ミホノブルボンの3冠は達成できたかもしれません・・・
 
今度は、メジロマックイーンの天皇賞・春3連覇の夢を阻みました・・・
まさに、「刺客」で、この時も当時の天皇賞・春のレコードタイムでした・・・
メジロマックイーンも、ミホノブルボン同様に、もし、相手がライスシャワーでなければ、天皇賞・春3連覇は達成されていたかもしれません・・・
 
このレースは、リアルタイムで見ましたが、ライスシャワーの長距離での強さ、「刺客」ぶりが発揮されたレースでしたね・・・
 
メジロマックイーンについては、「メジロマックイーン」「メジロマックイーンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月28日

メジロマックイーンの天皇賞・春制覇(2回目)

競馬の天皇賞・春で、印象深いレースといえば、メジロマックイーンの勝ったレースもそうですね・・・
 
メジロマックイーンは、天皇賞・春を1991年・1992年と連覇していますが、1992年の日本競馬史上初の連覇の1992年の方が印象深いですね・・・
 
1992年は、無敗の2冠馬(皐月賞、日本ダービー)で、日本ダービー快勝の後、ケガで休養し、大阪杯楽勝で、天皇賞・春へ無敗で臨むトウカイテイオーとの「世紀の対決」で注目されました・・・
 
1番人気は、トウカイテイオーで、メジロマックイーンは2番人気・・・
 
レースは、メジロマックイーンの快勝で、天皇賞・春連覇の快挙で、トウカイテイオーは5着に沈みました・・・
 
メジロマックイーンの長距離での強さを示すレースとなりましたが、メジロマックイーンの距離適性は、万能に近く、中距離でのスピードもあり、あえていえば瞬発力が弱点ぐらいでした・・・
 
 
メジロマックイーンについては、「メジロマックイーン」「メジロマックイーンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
トウカイテイオーについては、「トウカイテイオー」「トウカイテイオーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月27日

マヤノトップガンの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で印象深いレースといえば、マヤノトップガンの勝ったレースもそうですね・・・
 
このレースは、1997年の天皇賞・春で、前年に、天皇賞・春と有馬記念を勝ち、有馬記念の優勝以来ぶっつけでこのレースに臨んだサクラローレルが1番人気・・・
このレースの前哨戦・阪神大賞典を勝ったマヤノトップガンが2番人気、同じくこのレースの前哨戦・大坂杯を勝ったマーベラスサンデーが3番人気で、この3頭が「3強」といわれていました・・・
 
レースは、久々の休み明けのせいか掛かりぎみで、3コーナーからロングスパートしたサクラローレルが、満を持して競りかけたマーベラスサンデーに競り勝ったゴール前でマヤノトップガンの「鬼脚」で、マヤノトップガンが当時のレコードタイムで勝利・・・
(1着マヤノトップガン、2着サクラローレル、3着マーベラスサンデー)
 
マヤノトップガンは、常に安定した強さではありませんでしたが、勝つ時は強い勝ち方をし、自在の脚質を持っていました・・・
 
もちろん勝ったマヤノトップガンの勝利も見事でしたが、サクラローレルの休み明けで3コーナーからのロングスパートで2着に入ったレースぶりは「敗れてなお強し」を思わせ、サクラローレルに完璧なレース運びで競り負けたマーベラスサンデー陣営は「(サクラ)ローレルは化け物だ」「あの馬とは何度やっても勝てない」といい、勝ったマヤノトップガン陣営でさえ「勝ったのはうちの馬(マヤノトップガン)、でも一番強い競馬をしたのは(サクラ)ローレル」といったといわれます・・・
 
マヤノトップガンがこのレースで勝った「代償」は大きく、結局このレースの後も現役を続けたものの、このレースが最後で現役引退・・・
 
サクラローレルは、このレースの後、秋に、凱旋門賞の前哨戦・フランスのフォア賞でレース中のケガ(8着の最下位)で現役引退・・・
 
1997年の天皇賞・春は、リアルタイムで見たマヤノトップガンの勝利でしたが、サクラローレルの「敗れてなお強し」のレースぶりも印象に残っています・・・
 
 
マヤノトップガンについては、「マヤノトップガン」「マヤノトップガンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
サクラローレルについては、「サクラローレル」「サクラローレルを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
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2017年04月26日

サクラローレルの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で印象深いのは、サクラローレルが勝ったレースもそうですね・・・
 
この1996年の天皇賞・春の戦前は、ナリタブライアンマヤノトップガンの「B(ブライアン)T対決」で盛り上がっていました・・・
 
天皇賞・春の前哨戦の阪神大賞典で、ナリタブライアンがマヤノトップガンとの激戦を制し、2頭が勝負の中心(1番人気ナリタブライアン、2番人気マヤノトップガン)で、サクラローレルは、離れた3番人気・・・
 
ナリタブライアンが、3冠と有馬記念を制した1994年の全盛時代を思わせる「復活」ぶりをしていました・・・
 
一方のサクラローレルは、素質を認めながら、ケガなどで、出世が遅れ、ようやく才能を見せ始めていました・・・
 
レースは、マヤノトップガンが5着沈み、ナリタブライアンが勝利と思われましたが、サクラローレルが見事な差し切り勝ち・・・
 
サクラローレルは、この後、この年の有馬記念を勝ち、翌年の天皇賞・春をぶっつけで「敗れてなお強し」の内容で、マヤノトップガンの2着、
秋にフランスで凱旋門賞の前哨戦・フォア賞に出走しますが、レース中の故障で最下位の8着で、父レインボウクエストの制した凱旋門賞(サガスの1位入線降着の繰り上がり優勝)を前に現役引退・・・
 
ナリタブライアンは、このレース(1996年の天皇賞・春)後、3200メートルの天皇賞・春から1200メートルの高松宮記念に挑戦し、4着で脚部不安で現役引退・・・
 
ナリタブライアンは、全盛期の力が「完全復活」しなかったとの意見もありますが、このレースはリアルタイムで見ましたが、見事なサクラローレルの勝利でしたね・・・
 
 
サクラローレルについては、「サクラローレル」「サクラローレルを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
ナリタブライアンについては、「ナリタブライアン」「ナリタブライアンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月25日

シンボリルドルフの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で、印象深いレースといえば、シンボリルドルフの勝ったレースもそうですね・・・
 
このレースは、1985年の天皇賞・春であり、3冠馬対決(シンボリルドルフ対ミスターシービー)の3回目の対決であり、最後の対決でした・・・
 
過去の2戦・・・
最初の対決は、1984年のジャパンカップ・・・
秋に、復活し、天皇賞・秋を制し、前年の3冠に加え、「4冠馬」となったミスターシービーがこのレースの1番人気で、この年、日本競馬史上初の無敗の3冠馬となったシンボリルドルフは、当時の菊花賞からジャパンカップまでの中1週のきついローテーションに加え、体調不良で4番人気・・・
このレースに勝ったカツラギエースは、10番人気でした・・・
レースは、カツラギエースが楽に逃げ、そのまま逃げ切り勝ち・・・
シンボリルドルフは3着、いつもの「最後方」からのミスターシービーは10着・・・
2回目の対決は、同年の有馬記念で、前走でカツラギエースを楽に逃がしたシンボリルドルフは、この反省からつねに逃げたカツラギエースを2番手でマークし、直線であっさりかわし楽勝・・・
シンボリルドルフは、3冠と合わせ、「4冠」・・・
カツラギエースは2着でこのレースで現役引退、いつもの「最後方」より少し前で競馬したミスターシービーは3着・・・
 
3回目の対決の1985年の天皇賞・春は、ミスターシービーがレース序盤は、後方でしたが、3コーナーから3冠を達成した菊花賞を彷彿させるまくりで、シンボリルドルフの「前」に出ましたが、直線でシンボリルドルフは、あっさりとミスターシービーをかわし優勝・・・
ミスターシービーがシンボリルドルフにかわされる時の「また、こいつ(シンボリルドルフ)か」の表情が印象的でした・・・
ミスターシービーは、直線で失速し、5着・・・
シンボリルドルフは、シンザンと並ぶ「5冠」・・・
この後、シンボリルドルフは、宝塚記念を体調不良で回避、秋に天皇賞・秋で復帰も2着、続くジャパンカップ、有馬記念を楽勝し、「7冠」・・・
 
1986年にアメリカでサンルイレイステークス6着、実はこのレース中に故障しており、復帰も検討されたが、そのまま現役引退・・・
 
シンボリルドルフは、種牡馬として、名馬トウカイテイオーなどを出しています・・・
 
ミスターシービーは、このレース(1985年の天皇賞・春)後、脚部不安で現役引退・・・
 
ミスターシービーは、種牡馬として、重賞勝ち馬を出しました・・・
 

このレースは、リアルタイムで見ており、シンボリルドルフの強さが際立ったレースでしたね・・・
 
 
シンボリルドルフについては、「シンボリルドルフ」「シンボリルドルフを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
ミスターシービーについては、「ミスターシービー」「ミスターシービーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月24日

テンポイントの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春では、テンポイントの勝ったレースも印象深いですね・・・
 
テンポイントは、2歳(当時は3歳)からの期待馬でしたが、3歳(当時は4歳)となり、5戦5勝で1番人気で臨んだ皐月賞は、トウショウボーイの2着、日本ダービーはクライムカイザーの7着、菊花賞は、グリーングラスの2着とクラシック無冠・・・
暮れの有馬記念もトウショウボーイの2着・・・
 
古馬になった4歳当時は5歳)で、初めての大レース勝ちが天皇賞・春・・・
 
しかし、宝塚記念で、再びトウショウボーイの2着・・・
 
そして、トウショウボーイに雪辱する最後のチャンス(トウショウボーイは、このレースが引退レース)の2回目の有馬記念で、名勝負といわれるこのレースをテンポイントが制します・・・
 
しかし、5歳(当時の6歳)の日経新春杯で、骨折、異例の手術と闘病生活の末、死亡・・・
 
しかし、テンポイントの闘病は、医療技術の進歩や有力馬の過度な負担重量・冬場のレースの見直しにつながりました・・・
 
テンポイントの天皇賞・春は、もちろんリアルタイムで見ていませんが、テンポイントが「無冠の帝王」を返上したレースとして印象深いですね・・・
 
テンポイントについては、「テンポイント」「テンポイントを知るおすすめめ作品」をご覧ください・・・
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カツラノハイセイコの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で、印象深いレースといえば、第1次競馬ブームを作ったハイセイコーの産駒のカツラノハイセイコの勝ったレースもそうですね・・・
 
その後、第2次競馬ブームでオグリキャップへと・・・
 
カツラノハイセイコは、500キロを超す巨体の父・ハイセイコーと違い、450キロ台の小型馬・・・
 
父の勝った皐月賞は、2着でしたが、父の敗れた日本ダービーに勝ち、父の無念を晴らしています・・・
 
古馬になり、1981年の天皇賞・春でも勝利・・・
 
「見てくれこの根性だ!見てくれこの根性だ!・・・さあ先頭は、先頭はハイセイコ・・・」の杉本清アナウンサーの名実況でも知られますね・・・
 
父・ハイセイコーは、中距離馬でしたが、息子のカツラノハイセイコは、3200メートルの天皇賞・春を制しました・・・
 
もちろんこのレースは、リアルタイムで見てはいませんし、当時は競馬に興味がありませんでしたが、社会現象になったハイセイコーは、知っており、ハイセイコーの息子・カツラノハイセイコが勝ったレースとして印象深いですね・・・
 
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2017年04月23日

エリモジョージの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で、印象に残っているレースといえば、不良馬場の中、福永洋一騎手騎乗で逃げ切ったエリモジョージのレースもそうですね・・・
 
1976年の天皇賞・春は、不良馬場の中でエリモジョージが見事にクビ差で逃げ切ったレースで、もちろんリアルタイムでは見ていませんが、実況の名手・杉本清アナウンサーが、エリモジョージの見事なクビ差の逃げ切り勝ちに、ゴール前で声が続かず、声をつまらせたことで、印象にありますね・・・
 
エリモジョージ騎乗の天才・福永洋一騎手の見事な逃げ切りは、「伝説的騎乗」「天才伝説」の一つです・・・
 
エリモジョージは、常に強かったわけではありませんが、ときどき「恐ろしい」ほどの強さ・底力で大レースを勝ち、「気まぐれジョージ」といわれました・・・
 
ツボにはまった時は、強かったですね・・・
 
エリモジョージは、天才・福永騎手の好きな馬でもありました・・・
 
エリモジョージは、コンスタントに走るわけではないが、大レースに強い底力のある「クラシック血統」の典型でしたね・・・
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シンザンが恐れた馬

競馬の天皇賞・春が、30日に行われますが、アサホコの勝った同レースも印象深いですね・・・
 
アサホコは、シンザンが体調不良で出走回避した1965年の不良馬場の天皇賞・春を7馬身差で圧勝した馬です。
 (もちろん、リアルタイムでは、このレースを見ていませんが・・・)
 
シンザンがアサホコとの対決を避けたともいわれ、アサホコは「シンザンが恐れた馬」ともいわれています。
 
アサホコの強さについては、シンザンの関係者も当時を振り返り、「あの頃のアサホコの強さは、絶好調のシンザンでも五分だったと思いますよ」と語っています・・・
 
アサホコがシンザンに勝っていたとまではいいませんが、1965年の天皇賞・春は、不良馬場で行われ、重馬場を苦にしたといわれるシンザンが、もしこのレースに出走していても苦戦は必至だったとされます。
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