2020年03月08日

ジャパンカップで初めて好走(2着)した日本馬・キョウエイプロミス

最近では、ジャパンカップでの日本馬の勝利も珍しくなくなりました・・・
しかし、ジャパンカップ創設(1981年)当初は、日本馬が外国馬に全く歯が立ちませんでした・・・
そんな雰囲気を変え、希望の光となったのがキョウエイプロミスの1983年の第3回ジャパンカップの2着激走でした・・・
1983年は、日本で19年ぶりに3冠馬が誕生しましたが、その3冠馬のミスターシービーは、3冠馬となるとジャパンカップへ向かわず休養してしまいます・・・
3冠馬が出ないジャパンカップでしたが、前述のキョウエイプロミスの2着激走で、日本馬は希望の光を見出します・・・
キョウエイプロミスは、ジャパンカップの前の天皇賞・秋の勝ち馬でしたが、人気は10番人気・・・
しかし、レースではスタネーラのクビ差(タイム差なし)の2着と激走・・・
ただ、2着激走の代償は大きく脚部の故障でそのまま現役引退します・・・

この2着激走が日本競馬界に勇気と希望を与え、翌年(1984年)の日本馬カツラギエースのジャパンカップ初優勝につながります・・・
さらには、その翌年(1985年)のシンボリルドルフの日本馬連覇にもつながります・・・

キョウエイプロミスは、ジャパンカップ2着激走で世界への扉を開けるきっかけとなった馬です・・・
posted by keiba-meeting at 14:54| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年03月07日

競馬界のしがらみを嫌った岡部幸雄

岡部幸雄は、JRAの名騎手・・・
同じ名騎手で、同期でお互いを認め合う良きライバル、良き友に柴田政人がいるが、二人は騎乗スタイル、考え方が違い、「柔」の岡部・「剛」の柴田、「静」の岡部・「動」の柴田といわれた・・・
二人は、「花の(馬事公苑)15期生」といわれ同期には「天才」福永洋一もいた・・・
岡部と柴田は、対照的で、アメリカイムズされフリーの先駆者、騎乗馬の選択もドライで「優秀な馬と思われる馬」を選択し、しがらみを嫌い競馬関係者でない一般女性と結婚し現役引退後はフリーの競馬ジャーナリストになった岡部に対し、義理人情を重んじ厩舎所属を貫いた、騎乗馬の選択も依頼された順番、過去の恩義などを重視、現役引退後もJRA調教師になった柴田と生き方、考え方などが違った・・・
先輩の野平祐二調教師(かつての名騎手で二人の憧れ)が岡部を「岡部君」、柴田を「マサト(政人)」と呼ぶのも二人の生き方・考えなどに関係しているのかもしれない・・・

岡部は「馬優先主義」・・・
日本競馬史上最強馬シンボリルドルフの全レースに騎乗した・・・
岡部の騎乗技術の進歩に本人の努力、海外競馬(特にアメリカでの騎乗)などもあるが、シンボリルドルフとの出会いも大きかった・・・

岡部幸雄については、「岡部幸雄」「岡部幸雄を知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 17:53| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年02月28日

義理人情の男・柴田政人

柴田政人氏(以下柴田調教師か柴田氏)は、現在(2020年2月28日)はJRA調教師で、かつては同期の岡部幸雄氏とともにJRAのトップジョッキーの一人・・・

多くの大レース勝ちがありますが、なぜか日本ダービーはなかなか勝てず、現役時代の悲願は、日本ダービー制覇でした・・・
現役晩年の1993年の日本ダービーで柴田調教師(もちろん当時は騎手)は、ウイニングチケットで、同レースを制覇し、悲願達成・・・
しかし、翌1994年に引退を表明、さらに翌1995年に調教師試験に合格し、その10日後に現役引退、調教師に・・・

柴田調教師は、「花の(馬事公苑)15期」の一人で、同期には岡部幸雄氏、「天才」福永洋一氏らがいます・・・

岡部幸雄氏とは、騎手のタイプが違い「柔の岡部」「剛の柴田」とも「静の岡部」「動の柴田」ともいわれました・・・

「生き方」も対照的でドライな岡部氏はフリーの先駆者であるのに対し、義理人情を重んじる柴田氏は現役時代厩舎所属を貫きました・・・
騎乗馬の選択でも岡部氏は「より強い(と思われる)馬」を、柴田氏は義理人情、騎乗依頼された順番などで騎乗馬を選択しています・・・
現役引退後に、岡部氏がフリーの競馬コメンテーターなどで競馬界を離れたのに対し、柴田氏はRA調教師になっています・・・

タイプや考え方の違う二人ですが、お互いを認め合う良きライバルで友です・・・

柴田氏が、他の騎手の騎乗馬を奪う形で騎乗馬を選ばないのは、「アローエクスプレス乗り代わり事件」があるからかもしれません・・・

柴田氏は、関東のクラシック期待馬のアローエクスプレスに騎乗していましたが、アローエクスプレスの馬主が若い柴田氏を不安に思い、当時のトップジョッキーの加賀武見騎手への乗り代わりをしました・・・

若手にはつらい乗り代わりでしたが、これが発奮となりトップジョッキーに、そして前述の柴田氏の騎乗馬選択にも関係しているのかも知れません・・・

柴田政人氏については、「柴田政人」「柴田政人を知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 15:07| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

オークス、天皇賞・秋に勝った女帝・エアグルーヴ

エアグルーヴは、オークス、天皇賞・秋を勝ち、他に札幌記念、産経大阪杯(ともにG2)を勝ち、ジャパンカップ2着・2回、有馬記念(1回目)と宝塚記念3着など牡馬と戦った女傑・・・
「女帝」と呼ばれることも・・・
戦績19戦9勝(9-5-3-2)で、着外(4着以下)は、長期休み明けでパドックでのフラッシュ撮影にイレこみ(この後、パドックでのフラッシュ撮影が禁止に)レース中に骨折した秋華賞とレース中に落鉄した有馬記念(2回目)の2回のみの安定感・・・

血統は、父が東京競馬場に強い名種牡馬トニービン、母がオークス馬・ダイナカールで、エアグルーヴ自身はオークスの母娘制覇・・・
エアグルーヴの娘にエリザベス女王杯連覇のアドマイヤグルーヴ、その子に皐月賞・日本ダービーの2冠馬ドゥラメンテがいます・・・
ダイナカール→エアグルーヴ→アドマイヤグルーヴ→ドゥラメンテの親子4代大レース制覇の日本有数の名牝系・・・

いちょうステークスでの騎手が立ち上がるほどの不利を受けながら勝つなど牡馬顔負けの勝負根性の持ち主です・・・

桜花賞前のチューリップ賞を圧勝し桜花賞の最有力候補になりながら熱発で桜花賞を回避しますがぶっつけ休み明けでオークスに臨み快勝したのも、牡馬相手に天皇賞・秋を勝ったのも見事でした・・・

エアグルーヴは、オークスと天皇賞・秋を勝った「女帝」です・・・
posted by keiba-meeting at 11:39| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年02月27日

サンデーサイレンスの前の大種牡馬・ノーザンテースト

ノーザンテーストは、サンデーサイレンス以前に日本の生産界をリードした大種牡馬です・・・

社台グループの隆盛は、サンデーサイレンスの種牡馬としての大成功が大きな要因ですが、ノーザンテースの種牡馬としての大成功もあると思います・・・

社台グループの母体の吉田善哉氏(以下善哉氏)の社台ファーム(現在(2020年2月27日)の社台ファームの前身)は、ノーザンテースト導入以前もリーディングブリーダーになっていましたが、それは「数」によるものでした・・・

しかし、ノーザンテーストが導入されると、大レース勝ちなど「質」も向上しました・・・

ノーザンテーストを購入した当時(1972年)、ノーザンテーストの父ノーザンダンサーは1970年に英3冠馬ニジンスキーなどを出し売り出したばかりで、1972年7月にアメリカのサラトガのセリで、父・善哉氏にノーザンダンサー産駒の購入(競走馬としてはもちろん日本で種牡馬とする予定)を託された善哉氏の長男・照哉氏は、10万ドル(当時約3080万円)で、ノーザンテーストを購入・・・
ノーザンテーストは、小柄で見栄えのしない馬だった・・・

ノーザンテーストは、フランスで現役時代を過ごし、戦績20戦5勝、フランスG1のフォレ賞(他に英2000ギニー4着、英ダービー5着)を勝った一流馬・・・

予定通り現役引退後は、日本で種牡馬となったが、前述の見栄えのしない馬で当初は、評判もあまり高くなかったが、その後、ノーザンテースト産駒がコンスタントに走り多くの大レース勝ち馬を輩出・・・
前述のように、日本の生産界に君臨・・・
評判・評価を一変させた・・・

1972年に10万ドルで同馬を購入した後、ノーザンダンサー産駒、ニジンスキーなど後継種牡馬のノーザンダンサー系のさらなる大活躍・大成功でノーザンダンサー産駒などの価格が高騰・・・
あの当時でなければ、ノーザンテーストは購入できなかったかもしれない・・・

ノーザンテースト産駒の活躍・成長ぶりから「ノーザンテーストの産駒は3度変わる(成長する)」ともいわれた・・・

社台グループ(当時は善哉氏の社台ファーム)は、その後、サンデーサイレンスを購入・・・
サンデーサイレンスは、ノーザンテーストを上回る成功で、日本の生産界に君臨・・・
社台グループが「黄金配合」として意図した父サンデーサイレンス×母の父ノーザンテーストでは、ダイワメジャーの皐月賞が唯一のクラシック勝ちだった・・・

ノーザンテーストは、サンデーサイレンスの前の大種牡馬だった・・・

posted by keiba-meeting at 07:57| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年02月26日

日本競馬史上最強馬シンボリルドルフをつくった男・和田共弘

中小規模の牧場ながら、和田共弘氏(以下共弘氏)がオーナーだったシンボリ牧場は、サクラショウリ、シンボリルドルフとシリウスシンボリ(2年連続)の3頭の日本ダービー馬を出し、有馬記念では、スピードシンボリとシンボリルドルフが連覇を達成しています・・・
(有馬記念では、共弘氏の子息・孝弘氏がオーナー時代もシンボリクリスエスで達成)

規模では、ライバルといわれた吉田善哉氏の社台ファームよりはるかに小さいのに、前記の偉業を達成した和田共弘氏は、イアリアの天才馬産家フェデリコ・テシオになぞらえて「日本のテシオ」ともいわれました・・・
ちなみに、吉田善哉氏は、フランスの天才馬産家マルセル・ブサックになぞらえ、「日本のブサック」といわれることが多かったようです・・・

共弘氏は、常に世界を見据えた特にヨーロッパ競馬に傾倒した国際派ホースマンで、スピードシンボリの米欧遠征、スイートコンコルドのフランス留学、シリウスシンボリのヨーロッパ長期遠征、シンボリルドルフのアメリカ遠征などをしました・・・
遠征はあまり「結果」が出ませんでしたが、その「挑戦」は評価すべきでしょう・・・

シンボリ牧場では、しばらく一目惚れに近い形で購入したパーソロンの他に種牡馬を購入しませんでした・・・
モガミは、共弘氏が、フランスで生産した競走馬&種牡馬)

そうした中で、パーソロン産駒の日本競馬史上最強馬シンボリルドルフ(父パーソロン母スイートルナ(父スピードシンボリ))、モガミ産駒の日本ダービー馬シリウスシンボリ(父モガミ母スイートエプソム(父パーソロン))を出したのは驚異的です・・・

しかし、パーソロンの後に種牡馬として購入したこれまで成功していたヨーロッパ血統にこだわったエンペリー、ダンスホールなどが不振で、孝弘氏がオーナーの時代に、アメリカ血統のシンボリインディ、シンボリクリスエスで「復活」します・・・

晩年の共弘氏は、低調でしたが、共弘氏の生産ビジョン、国際派の点は評価すべきだと思います・・・

なによりも、和田共弘は、日本競馬史上最強馬シンボリルドルフをつくった男です・・・

和田共弘氏については、「和田共弘」「和田共弘を知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 14:05| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

社台グループの隆盛の礎を築いた吉田善哉

現在(2020年2月26日)の社台グループの隆盛はすごいですね・・・

この隆盛の礎を築いたのが、現在の社台グループの母体となった社台ファーム(現在の社台ファームの前身)の総帥・吉田善哉氏です・・・

アメリカの年度代表馬となったサンデーサイレンスの種牡馬としての導入からです・・・

母系が貧弱だったサンデーサイレンスは、アメリカでは種牡馬としての評価が高くなかったことで、吉田善哉氏(以下善哉氏)は、現役を引退したばかりのサンデーサイレンスの日本への輸入、当時の善哉氏の社台ファームへの種牡馬としての導入の「決断」を決めました・・・

この「英断」で、サンデーサイレンスは、日本で種牡馬として大成功することになりますが、残念ながら善哉氏は、サンデーサイレンス産駒の大活躍を見る前に亡くなります・・・

しかし、その後のサンデーサイレンス産駒、サンデーサイレンス系の活躍で善哉氏の社台ファームから分割されたグループを引き継いだ3人の子息の社台グループ(長男・照哉氏は分割された現在の社台ファーム、次男・勝己氏はノーザンファーム、三男・晴哉氏は追分ファーム、社台コーポレーション(白老ファーム、社台スタリオンステーションなどで3人の共同経営)の隆盛となります・・・

社台グループの隆盛の礎となった善哉氏の社台ファームで、サンデーサイレンスとともに、社台に貢献したのが、ノーザンテーストです・・・
20世紀最高の種牡馬といわれるノーザンダンサー・・・
そのノーザンダンサー産駒であったノーザンテーストをデビュー前のセリで購入・・・
当時は、ノーザンダンサーは売り出したばかりでしたが、その後のノーザンダンサー産駒、ノーザンダンサー系の大活躍で、ノーザンダンサー産駒、ノーザンダンサー系は、種牡馬としても、デビュー前の仔馬としても価格が高騰します・・・
フランスで現役生活を送ったノーザンテーストは、20戦5勝、フランスG1のフォレ賞を勝った一流馬として、日本に輸入され種牡馬となり、ノーザンテーストは種牡馬として大成功します・・・
善哉氏の社台ファームは、ノーザンテースト導入以前も、リーディングブリーダーでしたが、「数」でのもの・・・
ノーザンテースト導入以後は、多くの大レース勝ちなど「質」も向上・・・

そして、サンデーサイレンス導入で、現在の社台グループの隆盛となります・・・

現在の社台グループの隆盛の礎は、吉田善哉氏が築きました・・・

吉田善哉氏については、「吉田善哉」「吉田善哉を知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 07:50| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

サンデーサイレンス導入以前にノーザンテーストとともに社台を支えた種牡馬・リアルシャダイ

リアルシャダイは、社台グループ(当時は吉田善哉氏の社台ファーム)でサンデーサイレンスが 種牡馬として導入される前にノーザンテーストとともに社台を支えた種牡馬です・・・

サンデーサイレンスの大成功以前に活躍した種牡馬で、ノーザンダンサー系と和合性の高いヘイルトゥリーズン系でノーザンテーストとの配合を考え導入・・・

後のブライアンズタイムやサンデーサイレンスなどのヘイルトゥリーズン系種牡馬導入のきっかけとなりました・・・

繰り返しますが、リアルシャダイは、サンデーサイレンスの導入以前に、ノーザンテーストともに社台を支えた種牡馬です・・・
posted by keiba-meeting at 14:03| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年02月23日

「坂路の申し子」、無敗の2冠馬・ミホノブルボン

ミホノブルボンは、無敗の2冠馬(皐月賞と日本ダービーの優勝)で、菊花賞前まで無敗でした・・・

菊花賞で「淀の刺客」ライスシャワーの2着に敗れ、無敗の3冠馬ならず・・・

この後、脚部不安で現役引退・・・

ミホノブルボンといえば、管理する戸山為夫調教師の「坂路スパルタ調教」で鍛えられ、ミホノブルボンは「坂路の申し子」といわれました・・・
「坂路スパルタ調教」がミホノブルボンの無敗の2冠馬の一因とされています・・・

ミホノブルボンにういては、「ミホノブルボン」「ミホノブルボンを知るおすすめ作品」をご覧くだい・・・
posted by keiba-meeting at 11:29| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2020年02月22日

「淀の刺客」ライスシャワー

ライスシャワーは、「淀(京都競馬場)の刺客」といわれ、淀に愛され(菊花賞と天皇賞・春2回の優勝)、淀に散った(京都競馬場での宝塚記念の予後不良(安楽死処分))・・・

当時の現役現役最強馬級のミホノブルボン(無敗のクラシック3冠馬)とメジロマックイーン(天皇賞・春3連覇)の夢・大記録を砕いたライスシャワー・・・

そして2度目の天皇賞・春制覇は、ロングスパートで勝ち取った「根性」の勝利でした・・・

その栄光(2度目の天皇賞・春制覇)から数か月後に、これまで愛されてきた栄光の舞台の淀で最期(レース中の骨折による予後不良)を迎えようとは・・・

ライスシャワーは、小柄な馬で絞り込んだマラソンランナーのようでした・・・

ライスシャワー」内でも紹介していますが、ライスシャワーの関連記事のコラム「ライスシャワーの2度目の天皇賞・春制覇」もご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 07:40| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする