2017年04月21日

ハイセイコーの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で、印象に残っているレースは、第1次競馬ブームを作った「怪物」ハイセイコーが勝ったレースもそうですね・・・
 
ハイセイコーは、後の第2次競馬ブームのオグリキャップ同様、絶大な人気を誇るアイドルホースでしたね・・・
 
地方競馬の大井競馬でデビュー以来6戦6勝で、3歳(当時は4歳)で怪物といわれたハイセイコーは、鳴り物入りで中央デビュー・・・
 
中央入り後も弥生賞、スプリングステークスと連勝し、皐月賞に臨み、皐月賞も制覇・・・
NHK杯でも勝ち、地方競馬も含め10戦10勝で日本ダービーへ・・・
日本ダービーは、人気集中しましたが、ライバル・タケホープに敗れ3着、秋に京都新聞杯2着の後、菊花賞で再びタケホープにハナ差の2着と敗れます・・・
暮れの有馬記念が3着・・・
ハイセイコー人気で、1973年は、優駿賞(後のJRA賞)の大衆賞(特別賞)・・・
4歳(当時の5歳)となったハイセイコーは、AJC杯9着、中山記念1着を受け、天皇賞・春がタケホープの6着、宝塚記念、高松宮杯と連勝し、京都大賞典4着、オープン2着、有馬記念3着で現役引退・・・
大レースでは、タケホープに敗れているイメージですが、対戦成績はハイセイコーの5勝4敗(先着は勝ち)・・・
種牡馬としては、日本ダービー、天皇賞・春を勝ったカツラノハイセイコなどを出し成功しました・・・
 
ハイセイコーの皐月賞は、リアルタイムで見ていないものの、当時は、競馬に興味のなかった私もハイセイコーの名前は知っていましたね・・・
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2017年04月20日

オルフェーヴルの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で、オルフェーヴルの勝ったレースも印象深いですね・・・
 
オルフェーヴルは、3歳のスプリングステークスの前までは、5戦1勝で、デビュー戦勝ちで、池添謙一騎手を振り落とした「やんちゃ」以外には、目立ちませんでしたが、スプリングステークスを勝つと、皐月賞の有力馬に・・・皐月賞で3馬身差の快勝・・・
日本ダービーも快勝し、秋に神戸新聞杯を快勝し、菊花賞も快勝し、日本競馬史上7頭目の3冠馬に・・・
暮れの有馬記念も勝ち、年度代表馬・・・
4歳で、阪神大賞典が逸走しながら、2着に突っ込むも、天皇賞・春が11着と大敗・・・
宝塚記念を勝ち、秋にフランスでフォア賞を優勝するも、凱旋門賞では、クビ差の2着と惜敗・・・
日本に帰国し、ジャパンカップでジェンティルドンナに競り負けてのハナ差の2着・・・
この年は、凱旋門賞で2着に敗れるも、内容的にはオルフェーヴルが「現役世界最強馬」と感じました・・・
ジャパンカップもジェンティルドンナに斤量(オルフェーヴル57キロ、ジェンティルドンナ53キロ)で敗れた感じで「実力負け」とは感じませんでした・・・
5歳は、産経大阪杯の優勝でスタートし、天皇賞・春を自重し、宝塚記念を目指しますが、肺出血で回避、秋にフランスでフォア賞を勝ち、凱旋門賞に挑みます・・・
凱旋門賞前は、オルフェーブルが「現役世界最強馬」と思いましたが、斤量に恵まれた(トレヴ54.5キロ、オルフェーヴル59.5キロ)とはいえ、3歳牝馬トレヴの5馬身差の2着に完敗・・・
トレヴの存在に世界にはとんどもなく強い馬がいることを実感しました・・・
トレヴは、後に、凱旋門賞を連覇する歴史的名牝・・・
日本に帰国し、引退レースの有馬記念では、「現役日本最強馬」を誇示する8馬身差の圧勝・・・
このレースを最後にオルフェーヴルは現役引退・・・
 
オルフェーヴルは、デビュー戦の騎手振り落とし、阪神大賞典の逸走の2着など「規格外」の馬でしたが、凱旋門賞2着2回など世界的名競走馬でした・・・
 
オルフェーヴルの「規格外」伝説の序章が皐月賞勝利でしたね・・・
 
 
オルフェーヴルについては、「オルフェーヴル」「オルフェーヴルを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月19日

テイエムオペラオーの皐月賞制覇

競馬の皐月賞では、テイエムオペラオーの勝ったレースも印象に残っています・・・
 
テイエムオペラオーは、3歳(当時は4歳)・1999年のクラシックは、皐月賞制覇だけでしたが、翌年の4歳(当時は5歳)・2000年は、8戦8勝、重賞8連勝(うちG1・5連勝)=京都記念1着・阪神大賞典1着・天皇賞・春1着・宝塚記念1着・京都大賞典1着・天皇賞・秋1着・ジャパンカップ1着・有馬記念1着を記録した名馬です・・・
全戦績でG1・7勝で、芝のG1・7勝は、シンボリルドルフに次ぐ2頭目で、その後ディープインパクトウオッカジェンティルドンナの計5頭が記録・・・
 
テイエムオペラオーは、追加登録料を払い皐月賞に勝利した最初の馬で、皐月賞の勝ちっぷりが野平祐二氏(当時調教師)から称賛されていました・・・
 
3歳(当時は4歳)の皐月賞制覇だけから、翌年の4歳(当時は5歳)の重賞8連勝(うちG1・5連勝)、8戦8勝の「完全無欠」の成績へ・・・
そして、5歳(当時は6歳)では、産経大阪杯4着も天皇賞・春1着で、不利を受けての宝塚記念2着、京都大賞典が2位入線も繰り上がり1着、天皇賞・秋2着、ジャパンカップ2着、有馬記念5着で現役引退・・・
 
勝った着差が少差のため、あまり高い評価はされませんが、2000年の8戦8勝、重賞8連勝(うちG1・5連勝)は、高く評価されるべきでしょう・・・
 
テイエムオペラオーのG1・7勝の最初のG1勝利である皐月賞は、テイエムオペラオーの「完全無欠」伝説の序章でした・・・
 
 
テイエムオペラオーについては、「テイエムオペラオー」「テイエムオペラオーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月18日

ナリタブライアンの皐月賞制覇

競馬の皐月賞では、ナリタブライアンの勝ったレースも印象深いですね・・・
 
ナリタブライアンは、2歳王者(当時の朝日杯3歳ステークス勝ち馬)で、関係者からも高い評価を受けていたが、一般には、3歳(当時は4歳)のスプリングステークスの勝利で、クラシックの最有力となりました・・・
 
スプリングステークスを勝ち、皐月賞へ進んだナリタブライアンは、皐月賞で1分59秒0の皐月賞2000メートルで初めて1分を切る当時の皐月賞レコードで3馬身1/2差と快勝・・・
 
中山競馬場が整備されていたとはいえ、昨年のナリタタイシンの2分00秒2を破るレコードの見事な勝ち方に、ナリタブライアンの「3冠」を確信しました・・・
(以前の中山競馬場は、冬から春先には、タイムがかった)
 
日本ダービーが2分25秒7の5馬身差の圧勝、京都新聞杯は2着に敗れるも、菊花賞で3分04秒6の菊花賞レコードで7馬身差の圧勝・・・
日本競馬史上5頭目の3冠馬に・・・
歴代の3冠馬では、3冠で、一番大差をつけています・・・
3歳時の3冠と有馬記念(後述)の圧倒的パフォーマンスから日本競馬史上最強馬とする人も・・・
 
暮れの有馬記念も優勝し、JRA賞年度代表馬・・・
 
4歳(当時は5歳)では、阪神大賞典で、勝ちますが、脚部不安で休養、秋に復帰し、天皇賞・秋12着、ジャパンカップ6着、有馬記念4着・・・
 
5歳(当時は6歳)では、阪神大賞典で、マヤノトップガンとの「名勝負」を競り勝つが、天皇賞・春がサクラローレルの2着・・・
次は3200メートルの天皇賞・春から1200メートルの高松宮記念に挑むが、4着に敗れ、その後脚部不安で現役引退・・・
 
種牡馬としては、早世します・・・
 
 
ナリタブライアンについては、「ナリタブライアン」「ナリタブライアンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月16日

ディープインパクトの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で、印象に残っているのは、ディープインパクトの勝ったレースもそうですね・・・
 
ディープインパクトは、日本競馬史上6頭目の3冠馬(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)であり、競馬の祭典・日本ダービーでの勝利も、シンボリルトルフに続く日本競馬史上2頭目の無敗の3冠馬も印象強いですが、ディープインパクトをテレビで初めて見た弥生賞が着差以上の強さを感じたが、クビ差の少差だったので、皐月賞の2馬身1/2差の快勝に、ディープインパクトの「3冠馬」を確信したレースでした・・・
 
ディープインパクトは、無敗の3冠馬であり、14戦12勝2着1回失格(3位入線)1回でG1・7勝(芝のG1・7勝は、シンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクト、ウオッカジェンティルドンナ)の名競走馬(日本競馬史上最強馬の1頭)でしたが、現役引退後は、死んだ大種牡馬サンデーサイレンスの後継種牡馬として大成功(代表産駒に牝馬3冠、ジャパンカップ連覇、ドバイ・シーマクラシックなどG1・7勝のジェンティルドンナなどクラシック勝ち馬・大レース勝ち馬など多数)しています・・・
 
今年(2017年)の皐月賞の注目の牝馬のファンディーナがディープインパクト産駒ですが、ファンディーナの皐月賞制覇も「可能性」があると思います・・・
 
 
ディープインパクトについては、「ディープインパクト」「ディープインパクトを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月15日

アグネスタキオンの皐月賞制覇

競馬の皐月賞では、アグネスタキオンの勝ったレースも印象深いですね・・・
 
アグネスタキオンは、皐月賞まで4戦4勝で、皐月賞を1馬身1/2差で快勝したものの、脚部不安で現役引退・・・
アグネスタキオンの世代が、世代間闘争でも強さを見せ(いわゆる「強い世代」)、アグネスタキオンは世代の飛び抜けたトップであったため、「幻の3冠馬」といわれることも・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、有馬記念を勝ち、桜花賞、秋華賞の牝馬2冠(オークスは感冒で回避)とエリザベス女王杯を勝ったダイワスカーレットなどを出し、2008年の中央競馬のリーディングサイヤーになりました・・・
これは、内国産種牡馬としては、1957年のクモハタ以来51年ぶりの快挙・・・
その後、マンハッタンカフェ、キングカメハメハディープインパクトと続く内国産種牡馬のリーディングサイヤーのきっかけとなりました・・・
しかし、アグネスタキオンは、リーディングサイヤーを獲得した翌年の2009年に11歳の若さで急死・・・
 
アグネスタキオンは、父が大種牡馬のサンデーサイレンス、母が桜花賞馬でオークス2着のアグネスフローラで、祖母がオークス馬のアグネスレディー、アグネスタキオンの全兄が日本ダービー馬のアグネスフライトという超良血馬で、競走馬としての早すぎる引退、種牡馬としての早すぎる急死が惜しまれます・・・
 
アグネスタキオンは、「超光速」(タキオンとは「超光速粒子」)で駆け抜けていきました・・・
 
 
アグネスタキオンについては、「アグネスタキオン」「アグネスタキオンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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ミホシンザンの皐月賞制覇

16日に、競馬の皐月賞(G1、中山競馬場芝2000メートル)が行われますね・・・
 
ミホシンザンの勝ったレースも印象深いですね・・・
 
ミホシンザンは、3歳(当時は馬齢旧表記で4歳)にデビューと、デビューが遅かったですが、3戦3勝、スプリングステークスを勝ち、皐月賞へ・・・
皐月賞では、ミホシンザンが5馬身差の圧勝をし、ミスターシービーシンボリルドルフに続く3年連続3冠馬も期待されましたが、ミホシンザンは骨折で日本ダービーに出られず・・・
(ミホシンザンは、皐月賞の圧勝ぶり、その後の菊花賞勝ちから「幻の3冠馬」とも・・・)
(この年の日本ダービーは、重馬場で、重馬場の得意なシリウスシンボリが優勝、ミホシンザンは重馬場を不得意としたため、もし日本ダービーに出られても勝てなかったのでは・・・との見方も・・・)
秋に、セントライト記念で復帰しましたが、セントライト記念は、苦手の不良馬場(重馬場では最悪のコンデション)ため、タイガーボーイの5着、京都新聞杯を優勝し、菊花賞も優勝し、2冠馬に・・・
暮れの有馬記念は、シンボリルドルフに完敗の2着・・・
4歳(当時は5歳)で、日経賞がチェスナットバレーの6着、骨折で秋に復帰も毎日王冠と天皇賞・秋は、ともにサクラユタカオーの3着、ジャパンカップは日本馬最先着のジュピターアイランドの3着も有馬記念はダイナガリバーの3着・・・
5歳(当時は6歳)で、アメリカジョッキークラブカップ、日経賞、天皇賞・春と3連勝し現役引退・・・
 
同世代の日本ダービー馬・シリウスシンボリは、日本ダービーを勝った後、足掛け3年ヨーロッパ遠征したが、未勝利・・・
日本復帰後も未勝利で現役引退・・・
 
皐月賞でのミホシンザンの圧勝は、鮮やかでしたね・・・
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2017年04月14日

ヒデヒカリの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で牝馬が勝ったのは、1947年のトキツカゼ、1948年のヒデヒカリの2頭のみ・・・
 
今年(2017年)の皐月賞に、牝馬として参戦するファンディーナ(父ディープインパクト)が、もし勝てば、ヒデヒカリ以来69年ぶり3頭目の快挙・・・
 
牝馬でここまで最後に勝ったヒデヒカリとは・・・
 
ヒデヒカリの繁殖成績は、障害に強いイメージ程度ですが、ヒデヒカリの母・アステリモアには、別の物語が・・・
 
アステリモアは、記念すべき第1回オークス(当時は秋開催で阪神優駿牝馬の名称、ヒデヒカリの時代も秋開催ながら優駿牝馬の名称)の優勝馬・・・
 
優勝騎手は、18歳8ヶ月の保田隆芳騎手で、これが史上最年少のクラシック制覇・・・
(JRA設立後の最年少クラシック制覇は、武豊騎手の菊花賞の19歳8ヶ月)
 
おそらく今の競馬体系から保田騎手の最年少クラシック制覇は、不滅の記録だと思われます・・・
 
ヒデヒカリの1948年の皐月賞制覇は、もちろんリアルタイムでは見ていませんが、今のところ最後の牝馬の皐月賞制覇ですね・・・
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アローエクスプレスと柴田政人騎手

16日に、競馬の皐月賞が行われますが、この時期になると、アローエクスプレスと柴田政人騎手の「柴田政人騎手乗り替わり」を思い出します・・・
 
このレース(皐月賞)は、1970年にタニノムーテイエが勝ったレースですが、柴田政人騎手の乗り替わりで、リアルタイムでは見ていませんが、印象に残っています・・・
 
アローエクスプレスは、デビューから6連勝で、スプリングステークスに向かい、ここでタニノムーテイエの2着に敗れ、皐月賞でもタニノムーテイエの2着に敗れます・・・
 
スプリングステークスで、アローエクスプレスが2着に敗れると、馬主の伊達秀和氏は、当時若手騎手だった主戦の柴田政人騎手をベテランの名手・加賀武見騎手への乗り替わりを所属の高松三太調教師に指示・・・
 
柴田騎手は、乗り替わりに納得が出来ず、高松調教師に抗議したが、高松調教師は、「誰よりも自分が乗せてやりたいが、馬主もファンも許さない。アロー(エクスプレス)は日本一になれる馬だから日本一の騎手を乗せる。悔しかったら加賀武見を超える騎手になれ」と涙ながらに諭したといわれます・・・
 
この「経験」で、発奮した柴田騎手は、日本を代表する騎手へと成長します・・・
 
また、柴田騎手を降板させた伊達氏とは、その後も良好な関係で、伊達氏の持ち馬のファンタスト(皐月賞)、ブロケード(桜花賞)で柴田騎手はクラシックを勝利している・・・
 
柴田騎手が騎乗馬の選択に、義理・人情を重んじ、フリーが一般化する中で、最後まで、高松三太・邦夫親子の高松厩舎所属を貫いた(三太氏の後、邦夫氏が調教師になる一時期を境勝太郎厩舎所属になったのを除く)のも、この「経験」があるからかもしれません・・・
 
同期の岡部幸雄騎手が騎乗馬の選択などに私情を入れず、フリーの先駆けだったのとは、対照的です・・・
 
アローエクスプレスは、その後、日本ダービー5着(タニノムーテイエ1着)、菊花賞9着(タニノムーテイエは喘鳴症のため11着で、このレースで現役引退)などで、脚部不安とつきあいながら5歳まで走り現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、中央競馬と地方競馬を合わせた1980年・1981年の全日本リーディングサイヤー(この間は中央競馬のみはテスコイボーイがリーディングサイヤー)として成功・・・
 
競走馬としては、タニノムーテイエが勝利しましたが、種牡馬としては、アローエクスプレスが勝利・・・


柴田政人については、「柴田政人」「柴田政人を知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月13日

ミホノブルボンの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で印象に残っているレースは、ミホノブルボンの勝ったレースもそうですね・・・
 
ミホノブルボンは、皐月賞、日本ダービーの2冠馬で、菊花賞前まで無敗で、シンボリルドルフに次ぐ「無敗の3冠馬」も期待されました・・・
 
菊花賞は、「長距離の刺客」ライスシャワーの2着に敗れ、「無敗の3冠馬」はなりませんでした・・・
 
その後、ジャパンカップを目指しましたが、脚部不安で現役引退・・・
 
ミホノブルボンは、坂路の調教でスパルタで鍛え上げられ、機械のように正確なペースで逃げることから「坂路の申し子」「サイボーグ」「栗毛の超特急」などといわれました・・・
 
ミホノブルボンは、本来は短距離馬だが、スパルタ調教で、強くなったとも・・・
 
ミホノブルボンは、坂路で鍛え上げられ強くなったと一般的にいわれますが、それだけでなく、父マグニチュードが桜花賞馬・エルプスを出しているものの、ミルジョージの代替種牡馬、母の父がシャレーで、ダンディールートの代替種牡馬ながら、母系が名牝スターロッチ(オークスと有馬記念の勝ち馬)の妹が曾祖母で、父マグニチュードも競走成績は6戦0勝と平凡ながら血統は超一流(父が名競走馬で大種牡馬のミルリーフ、母が英1000ギニーと英オークスの牝馬2冠のアステッスロワイアル)で、活躍できる血統的裏付けもありました・・・
 
皐月賞は、ミホノブルボンの鮮やかな逃げで印象に残っています・・・
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