2017年05月19日

ミスターシービーの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、3冠馬ミスターシービーの勝ったレースもそうですね・・・
 
ミスターシービーは、無敗の皐月賞馬ながら、日本ダービーで2着に敗れたトウショウボーイの産駒・・・
 
ミスターシービーは、2歳(当時の3歳)で、デビューから2連勝しますが、3戦目に追い込んで敗れ、それをきっかけに追い込む競馬に・・・
3歳(当時の4歳)で、共同通信杯4歳ステークス、弥生賞と連勝し、雨の皐月賞をトウショウボーイに続く親子制覇・・・
日本ダービーでも勝ち、父トウショウボーイ(日本ダービー2着)の無念を晴らしています・・・
秋に京都新聞杯で4着でしたが、菊花賞を勝ち、3冠馬に・・・
この年は、これで休養へ・・・
4歳(当時の5歳)の春は、脚部不安で休養で、秋に毎日王冠2着で復帰し、天皇賞・秋を勝ち、いわゆる「4冠馬」に・・・
しかしジャパンカップは、カツラギエースの10着、有馬記念はシンボリルドルフの3着・・・
5r歳(当時は6歳)は、サンケイ大阪杯で2着、天皇賞・春がシンボリルドルフの5着・・・
脚部不安で現役引退・・・
 
現役引退後は、シャコーグレイドなど重賞勝ち馬を出しています…
 
ミスターシービーは、千明牧場のオーナーブリーディングホースで、親子3代で日本ダービー馬を輩出・・・
(スゲヌマ、メイズイ、ミスターシービー)
 
管理する松山康久調教師(ミスターシービー、後にウィナーズサークル)は、父松山吉三郎調教師(フエアーウイン、後にダイナガリバー)とともに親子制覇・・・
 
ミスターシービーの父トウショウボーイと母シービークイン(毎日王冠勝ちなどの名牝)は、デビュー戦が同じの内国産同士の良血馬・・・
 
ミスターシービーは、千明(C)牧場(B)の代表馬の意味・・・
 
1983年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、父トウショウボーイ(日本ダービー2着)の無念をミスターシービーが晴らしたレースとして、印象深いですね・・・
 
 
ミスターシービーについては、「ミスターシービー」「ミスターシービーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年05月18日

トウショウボーイが2着に敗れた日本ダービー(優勝:クライムカイザー)

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、クライムカイザーの勝ったレースというより、トウショウボーイが2着に敗れたレースもそうですね・・・
 
トウショウボーイは、強い世代の皐月賞馬でしたが日本ダービーでは2着に敗れています・・・
 
トウショウボーイは、デビューは遅く、3歳(当時の4歳)1月で、デビュー以来3戦3勝で皐月賞に臨み、皐月賞でテンポイントに5馬身差で当時のレースレコードで圧勝・・・
4戦4勝で、日本ダービーに臨みますが、クライムカイザーに「出し抜け」を食らい、2着・・・
秋に神戸新聞杯、京都新聞杯と連勝しますが、菊花賞はグリーングラスの3着・・・
暮れの有馬記念を勝ち、年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)になると、宝塚記念など快勝し、秋は、天皇賞・秋がホクトボーイの7着、有馬記念でテンポイントの2着を最後に現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、3冠馬ミスターシービーなどを出し大成功・・・
内国産種牡馬のエースとして活躍しました・・・
 
1976年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、クライムカイザーが勝ったレースというより、トウショウボーイが2着に敗れたレースとして印象深いですね・・・
 
 
トウショウボーイについては、「トウショウボーイ」「トウショウボーイを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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カツラノハイセイコの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、カツラノハイセイコの勝ったレースもそうですね・・・
 
カツラノハイセイコは、アイドルホースといわれたハイセイコーの産駒・・・
 
2歳(当時の3歳)9月にデビューし、皐月賞前まで10戦4勝・・・
皐月賞がビンゴガルーの2着、NHK杯2着を受け、日本ダービーでは、父ハイセイコーが3着に敗れた日本ダービーを制覇・・・
父の無念を晴らしました・・・
さらに古馬になって、5歳(当時の6歳)で天皇賞・春も制覇・・・
 
1979年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、アイドルホース・ハイセイコーの産駒のカツラノハイセイコが勝ったレースとして印象に残っています・・・
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カブラヤオーの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているといえば、カブラヤオーの勝ったレースもそうですね・・・
 
カブラヤオーは、2歳(当時の3歳)11月に、デビューし、デビュー戦2着を受け、2戦目から連勝し、春の牡馬の主役に・・・
東京4歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の共同通信杯)では、牝馬の春のクラシックの主役・テスコガビーとの「夢の対決」が実現しましたが、ここでもカブラヤオーはクビ差で勝ち、4連勝(テスコガビーは2着)・・・
6連勝で、皐月賞を制し、8連勝で日本ダービーも制し、2冠馬に・・・
脚部不安で、4歳(当時の5歳)5月に復帰し、オープンを勝ち9連勝・・・
しかし、続くオープンで11着と敗れ、連勝ストップ・・・
短距離ステークス、オープンと勝ち、現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、エリザベス女王杯のミヤマポピー、日本ダービー2着のグランパズドリームなどを出しています・・・
 
1975年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、驚異的ハイペースで逃げたカブラヤオーが2冠馬となったレースとして印象に残っています・・・
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2017年05月17日

ハイセイコーが3着に敗れた日本ダービー(優勝:タケホープ)

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、タケホープの勝ったレースというより、ハイセイコーが3着に敗れたレースもそうですね・・・
 
ハイセイコーは、2歳(当時の3歳)7月に、地方競馬でデビューし、3歳(当時の4歳)春まで、デビュー以来6連勝で中央競馬入り・・・
中央競馬入り後も、弥生賞、スプリングステークスと勝ち続け、皐月賞へ・・・
皐月賞でも勝ち、NHK杯も勝って10戦10勝で、日本ダービーへ・・・
しかし、日本ダービーでタケホープの3着に敗れ、初黒星・・・
秋に京都新聞杯2着で、菊花賞がタケホープのハナ差の2着・・・
暮れの有馬記念がストロングエイトの3着・・・
4歳(当時の5歳)になると、主な戦績で、天皇賞・春がタケホープの6着、中距離の宝塚記念、高松宮杯を連勝し、有馬記念のタニノチカラの2着を最後に現役引退・・・
 
現役引退後は、日本ダービー、天皇賞・春のカツラノハイセイコ、皐月賞のハクタイセイなどを出し成功・・・
 
ハイセイコーは、第1次競馬ブームの主役で、第2次競馬ブームの主役・オグリキャップらとともに、「アイドルホース」とされます・・・
 
1973年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、社会現象にまでなったハイセイコーが3着に敗れたレースとして印象に残っています・・・
(まだ、競馬はよく知りませんでしたが、ハイセイコーの名前は知っていました)
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ロングエースの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、ロングエースの勝ったレースもそうですね・・・
 
ロングエースは、ランドプリンス(皐月賞)、タイテエム(天皇賞・春)、イシノヒカル(菊花賞、有馬記念)とともに、「最強世代」の「4強」を形成・・・
(この世代は、最もレベルの高い「最強世代」とも)
 
ロングエースは、デビューが遅く、3歳(当時の4歳)1月に、デビューし、皐月賞前まで5戦5勝でしたが、皐月賞でランドプリンスの3着と初めて敗れる・・・
しかし、日本ダービーでは、優勝(ちなみに、ランドプリンス2着、タイテエム3着、イシノヒカル6着)・・・
秋に、京都新聞杯6着、菊花賞がイシノヒカルの5着、有馬記念がイシノヒカルの8着で現役引退・・・
 
現役引退後、種牡馬となると、宝塚記念のテルテンリュウなどを出しました・・・
まずまずの成功かもしれません・・・
 
1972年は、もちろんリアルタイムで見ていませんが、レベルが高い「最強世代」といわれ、この年の日本ダービーは、「最強世代」の日本ダービーとして印象に残っています・・・
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2017年05月16日

コダマの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、コダマの勝ったレースもそうですね・・・
 
コダマは、2歳(当時の3歳)9月に、デビューし、2歳戦は、阪神3歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の2歳)まで3戦3勝・・・
3歳(当時の4歳)になっても連勝を続け、6連勝で皐月賞制覇、7連勝で日本ダービーも制覇し、無敗の2冠馬に・・・
しかし、秋になると、オープン2着、阪神大賞典3着で、菊花賞もキタノイオーの5着に敗れ、3冠ならず・・・
暮れの有馬記念もスターロッチの5着・・・
4歳(当時の5歳)になると、大坂杯、スワンステークスと連勝しますが、長期休養・・・
5歳(当時の6歳)で、オープン2着を受け、オープンを連勝し、宝塚記念の優勝を最後に現役引退・・・
 
コダマは、華麗で才気あふれていましたが奥深さなどがなく、後にコダマと同じく武田文吾調教師が管理することになる、無骨だが奥深さがありコダマの達成できなかった3冠馬となり、さらに古馬で2つの大レースを制し、「5冠馬」といわれるシンザンと比較して、武田調教師が「コダマはカミソリの切れ味、シンザンはナタの切れ味」といったそうです・・・
 
1961年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、華麗で才気あふれるコダマが勝ちましたが、「コダマはカミソリの切れ味・・・」のシンザンとの比較とともに、印象に残っています・・・
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2017年05月15日

ハクチカラの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、「栗毛の国際派」ハクチカラが勝ったレースも印象深いですね・・・
 
ハクチカラは、2歳(当時の3歳)10月に、デビューし、3歳(当時の4歳)になると、日本ダービーに勝ち、4歳(当時の5歳)で天皇賞・秋と有馬記念優勝・・・
5歳(当時の6歳)になると、アメリカ遠征・・・
多くが着外でしたが、翌年の6歳(当時の7歳)もアメリカ遠征を続け、アメリア遠征11戦目で、今はない重賞のワシントンバースディハンデで、名馬ラウンドテーブルらに勝ち優勝、その後も遠征を継続し、勝てずに多くが着外で、この年に現役引退・・・
 
現役引退後は、日本で種牡馬となりますが、その後インドへ・・・
インドで多数のクラシックホースを出しました・・・
 
ハクチカラは、国際ホースの「はしり」で、ハクチカラに主戦騎手で騎乗していた保田隆芳騎手もハクチカラの最初の頃のアメリカ遠征で同馬に騎乗・・・
ハクチカラの遠征途中で、保田騎手は、帰国しますが、「モンキー乗り」やアメリカの騎手の体調管理などを身につけ、日本に広めます・・・
 
保田騎手は、ほぼ同時期に、独自に身につけたとされる野平祐二騎手とともに、「モンキー乗り」を日本に広めたとされます・・・
 
1956年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、日本初ともいえる「国際ホース」ハクチカラが勝ったレースとして印象深いですね・・・
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2017年05月14日

トキノミノルの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、「幻の馬」トキノミノルが勝ったレースもそうですね・・・
 
トキノミノルは、2歳(当時の3歳)7月に、デビューし、2歳戦を朝日杯3歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の2歳)まで6連勝・・・
 
3歳(当時の4歳)になっても、連勝は続き、デビュー以来9連勝で、日本ダービーに臨み、日本ダービーを当時のレースレコードで快勝・・・
 
しかし、日本ダービー制覇後の17日目に破傷風で死亡・・・
 
デビュー以来10戦10勝で、7回のレコードタイム勝ちの内容から、史上最強馬の評価もありますが、トキノミノルがスピード血統で、距離が伸びるにつれ、他馬との着差が縮まっていることから、秋以降に距離が伸びていたら、苦戦したのではないかの評価も・・・
 
作家の古屋信子さんが、「初出走以来10戦10勝、目指す(日本)ダービーに勝って忽然と死んだいったが、あれ(トキノミノル)は、(日本)ダービーを取るために生まれてきた幻の馬だ」と新聞紙上でその死を悼んだそうです・・・
 
1951年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムでは見ていませんが、「幻の馬」トキノミノルが勝ったレースとして印象深いですね・・・
 
現在、東京競馬場のパドック付近に飾られている銅像こそトキノミノルの勇姿であり、3歳のクラシックへのステップレース・共同通信杯は、トキノミノル記念の副称があります・・・
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2017年05月13日

クリフジの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、牝馬で史上2頭目の日本ダービーを勝ったクリフジのレースもそうですね・・・
 
クリフジは、3歳(当時の4歳)5月16日にデビュー・・・
デビュー戦こそ1馬身差の勝利でしたが、2戦目に大差勝ちし、日本ダービーへ・・・
日本ダービーでは、両脇の馬に包まれ最後方に下がりましたが、ゴールでは6馬身差の快勝・・・
しかも当時のレースレコード勝ちで、騎乗した前田長吉騎手が後ろから足音がしないので後ろを振り返る余裕の勝利・・・
日本ダービー制覇までデビューから9日のクモハタに及ばないものの、デビューから3週間、キャリア3戦目のクモハタと並ぶ最短の戦績での日本ダービー制覇・・・
日本ダービー制覇の最年少騎手は、この時の前田長吉騎手の20歳3ヶ月(日本中央競馬会(JRA)設立後の最年少は、田島良保騎手の23歳7ヶ月)・・・
クリフジは、日本ダービー制覇後も無人の野をいく強さで、秋にオークスと菊花賞を制し、日本ダービーと合わせ、いわゆる「変則3冠」達成・・・
菊花賞で、2着馬・ヒロサクラに大差勝ちしていますが、ヒロサクラは、翌年の天皇賞馬・・・
4歳(当時の5歳)になり、3戦していますが、能力検定競走で、3レースの着差は、5馬身差、10馬身差、6馬身差の圧勝・・・
 
戦績11戦11勝の全勝で、デビュー戦の1馬身差の勝利を除くと、すべて3馬身以上の圧勝・・・
大レースも日本ダービー(6馬身差)、オークス(10馬身差)、菊花賞(大差)の「変則3冠」・・・
 
この驚異的な戦績と内容で、クリフジは、日本競馬史上最強牝馬あるいは日本競馬史上最強馬とも・・・
 
シンボリルドルフを管理した野平祐二氏は、日本競馬史上最強馬に迷わずクリフジを挙げています・・・
 
1943年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムでは見ていませんが、牝馬の日本ダービー制覇と驚異的戦績のクリフジが勝ったことで、印象に残っています・・・
posted by keiba-meeting at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする