2017年05月05日

キングカメハメハのNHKマイルカップ制覇

競馬のNHKマイルカップで、印象に残っているレースといえば、キングカメハメハの勝ったレースもそうですね・・・
 
キングカメハメハは、2歳11月にデビューし、新馬、エリカ賞と連勝し、
3歳になると、京成杯3着、すみれステークス、毎日杯と連勝し、NHKマイルカップへ・・・
NHKマイルカップでは、2着に5馬身差で圧勝し、当時のコースレコードタイム勝ち・・・
日本ダービーに向かったキングカメハメハは、日本ダービーは当時のコースレコードタイムで快勝し、変則2冠(NHKマイルカップ→日本ダービー)達成・・・
変則2冠達成は、史上初の快挙・・・
(変則2冠(NHKマイルカップ(1600メートル)→日本ダービー(2400メートル)は、本場イギリスの2冠である英2000ギニー(1マイル=約1600メートル)→英ダービー(12ハロン10ヤード=約2400メートル)に距離体系が近く、キングカメハメハを管理した松田国明調教師がこだわり続けた)
(ちなみに、日本の2冠は皐月賞(2000メートル)→日本ダービー(2400メートル))
秋に、神戸新聞杯で勝つも、脚部不安で現役引退・・・
 
種牡馬としては、3冠牝馬アパパネ、ローズキングダム(ジャパンカップなど)、ロードカナロア(保田記念などG1・6勝)などを出し、大成功・・・
ディープインパクトとともに、内国産種牡馬の雄・・・
 
2004年のNHKマイルカップは、リアルタイムで見ましたが、同レースを5馬身差の当時のコースレコードタイムの圧勝とこの後の日本ダービーの当時のコースレコード勝ちの変則2冠達成で印象深いですね・・・
 
 
キングカメハメハについては、「キングカメハメハ」「キングカメハメハを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年05月04日

エルコンドルパサーのNHKマイルカップ制覇

競馬のNHHKマイルカップで印象に残っているレースといえば、エルコンドルパサーの勝ったレースもそうですね・・・
 
エルコンドルパサーは、2歳(当時の3歳)11月にデビューし、2歳は、この1戦のみ・・・
3歳(当時の4歳)で、3連勝し、4戦4勝で、NHKマイルカップに臨みますが、当初はダート馬、さらに芝でもマイラーといわれていました・・・
 
NHKマイルカップで勝ち、フジテレビの実況で「強いものは強い」とのフレーズが印象に残りました・・・
 
秋に、毎日王冠では、「逃げる大横綱」サイレンススズカ(この後、サイレンススズアの「勝ち方」が注目された天皇賞・秋でまさかのレース中故障で予後不良)の2着に敗れ、初黒星・・・
しかし、毎日王冠のレース前は、エルコンドルパサーと同じく無敗だったグラスワンダー(5着)には、先着・・・
この後、エルコンドルパサーは、ジャパンカップヘ向かい、同レース快勝・・・
 
4歳(当時の5歳)になると、ヨーロッパ遠征をし、イスパーン賞がクロコルージュの2着、サンクルー大賞優勝で、本場ヨーロッパの2400メートルのG1を勝利・・・
凱旋門賞の前哨戦・フォワ賞で勝ち、凱旋門賞の有力馬として凱旋門賞へ・・・
健闘したが、惜しいモンジューの1/2馬身差の2着・・・
この凱旋門賞を最後に現役引退・・・
 
種牡馬としては、早世したが、菊花賞のソングオブウインドなどを出し成功・・・
 
1998年のNHKマイルカップは、リアルタイムで見ましたが、「世界の」エルコンドルパサーが、最初にその片鱗を見せたレースとして印象に残っています・・・
 
 
エルコンドルパサーについては、「エルコンドルパサー」「エルコンドルパサーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年05月03日

ラグビーボールのNHK杯制覇

競馬のNHK杯(NHKマイルカップの前身)で、印象に残っているレースといえば、ラグビーボールの勝ったレースもそうですね・・・
 
ラグビーボールは、3歳(当時の4歳)2月とデビューが遅かったですが、新馬、さわらび賞と連勝し、「関西の秘密兵器」といわれ、NHK杯でも勝ち、3戦3勝で日本ダービーの有力馬として、1番人気で日本ダービーに臨みますが、社台ファーム生産のノーザンテースト産駒・ダイナガリバーの4着、古馬混合の高松宮杯で優勝し、地力のあるところを見せますが、脚部不安で後の不振へ・・・
秋に京都新聞杯5着、菊花賞がメジロデュレンの3着、ジャパンカップがジュピターアイランドの4着(日本馬ではミホシンザンの3着に次ぐ)、勝てないまでも地力を見せたが、脚部不安で長期休養・・・復活できず、5歳(当時の6歳)で現役引退・・・
 
ラグビーボールは、かなりの地力があったと思いますが、脚部不安などもあり、大レース勝ちはなし・・・
 
1986年のNHK杯は、リアルタイムで見ましたが、実力のあったラグビーボールが勝ったレースとして印象深いですね・・・
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2017年05月02日

メジロアルダンのNHK杯2着

競馬のNHK杯(NHKマイルカップの前身)で印象に残っているレースといえば、マイネルグラウベンの勝ったレースというより、メジロアルダンが2着になったレースもそうですね・・・
 
メジロアルダンは、期待のノーザンテースト産駒のアスワンが父で、3冠牝馬メジロラモーヌの半弟という良血・・・
 
デビューは遅く、3歳(当時の4歳)3月から、未出走、山藤賞と連勝し、NHK杯でも2着となり、日本ダービーでも最後は差し返されサクラチヨノオーの2着となり、長期休養の後、4歳(当時の5歳)で、メイステークス、高松宮杯と連勝し、期待されましたが、毎日王冠がオグリキャップの3着、天皇賞・秋がスーパークリークの3着で、その後も故障がちで、大レースで好走することもありましたが、5歳(当時の6歳)の天皇賞・秋でヤエノムテキの2着が一番の好走でした・・・
 
1988年のNHK杯は、期待のアスワン産駒で3冠馬メジロラモーヌの半弟の良血・メジロアルダンが2着になったレースとして、リアルタイムで見ましたが、印象深いですね・・・
 
メジロアルダンは、NHK杯2着の後、日本ダービー2着、天皇賞・秋2着など大レースで好走したこともありますが、結局大レース勝ちはなく、「大成」しませんでした・・・
 
種牡馬としても成功しませんでした・・・
(1991年に現役引退し、2000年まで日本、2001年から中国、2002年死亡)
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2017年05月01日

アスワンのNHK杯制覇

競馬でNHKマイルカップの前身に、NHK杯があり、日本ダービートライアルとして存在していました・・・
 
そのNHK杯で、印象に残っているレースといえば、アスワンの勝ったレースもそうですね・・・
 
アスワンは、リーディングサイヤーの大種牡馬ノーザンテースト産駒ですが、ノーザンテーストは、リーディングサイヤーながら、社台ファーム(社台グループの前身)のプライベート種牡馬に近く、アスワンへの生産者の期待も大きかったようです・・・
 
アスワンは、新馬2着、新馬1着、京成杯1着、弥生賞3着、皐月賞8着とクラシックで好走し、NHK杯で優勝し、日本ダービーの有力候補になりますが、レースでの骨折で、日本ダービーを前にそのまま現役引退・・・
 
アスワンは、社台ファームの総帥だった吉田善哉氏の持ち馬でしたが、吉田氏の「シャダイ」の冠号が無く、期待の大きさを感じられました・・・
 
ノーザンテースト産駒の牡馬では、日本ダービー馬ダイナガリバーが出るまでは、数少ないクラシックの好走馬でした・・・
 
1982年のNHK杯は、リアルタイムでは見ていませんが、ノーザンテースト産駒のアスワンが勝ったことでも印象深いレースですね・・・
 
アスワンは、種牡馬としては、高松宮杯優勝で、日本ダービー2着、天皇賞・秋2着で、アスワンの制したNHK杯を2着で、3冠牝馬メジロラモーヌの半弟のメジロアルダンなどを出しています・・・・
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2017年04月30日

モンテプリンスの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で印象に残っているレースといえば、モンテプリンスの勝ったレースもそうですね・・・
 
モンテプリンスは、3歳(当時の4歳)で、皐月賞4着などで、NHK杯を7馬身差で圧勝し、日本ダービーの有力馬とされますが、日本ダービーがオペックホースのハナ差の2着、秋に菊花賞もノースガストのハナ差の2着・・・
 
4歳(当時の5歳)になると、春は体調不良で、天皇賞・春を回避・・・
秋に、天皇賞・秋でホウヨウボーイのハナ差の2着・・・
ジャパンカップがメアジードーツの7着、有馬記念がアンバーシャダイの3着・・・
モンテプリンスは、大レースでの惜敗続きで「無冠の帝王」あるいは「無冠のプリンス」と呼ばれます・・・
 
5歳(当時の6歳)になると、1982年の天皇賞・春でようやく優勝・・・
「無冠の帝王」返上・・・
実況の杉本清アナウンサーは、かつて「無冠の貴公子」といわれたタイテエムにからめ、「無冠の貴公子に春が訪れてから9年目、無冠のプリンスにも春が訪れました」と実況・・・
 
私には、「無冠の帝王」テンポイントも想起させました・・・
 
1982年の天皇賞・春は、リアルタイムでは見ていませんが、モンテプリンスが「無冠の帝王」を返上したレースとして印象深いですね・・・

なお、1984年の天皇賞・春で、モンテプリンスの全弟のモンテファストが兄弟制覇達成・・・
 

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タイテエムの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で印象に残っているレースといえば、タイテエムの勝ったレースもそうですね・・・
 
タイテエムは、1972年のクラシックの年の世代で、ロングエース(日本ダービー)、ランドプリンス(皐月賞)、イシノヒカル(菊花賞、有馬記念)とともに、「最強世代」の「4強」の一角とされました・・・
 
しかし、クラシックでは、皐月賞7着、日本ダービー3着、菊花賞2着で「無冠」・・・
 
タイテエムは、「無冠の帝王」あるいは四白流星の美しい容姿から「無冠の貴公子」と呼ばれました・・・
 
しかし、1973年の天皇賞・春で、勝ち、このレースを実況した杉本清アナウンサーから「無冠の貴公子に春が訪れます」と実況されます・・・
 
1973年のタイテエムが勝った天皇賞・春は、リアルタイムで見ていませんが、タイテエムが泥んこの馬場の中で白いメンコを真っ黒にしながら「無冠の帝王」を返上したレースとして、印象深いですね・・・・
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2017年04月29日

ライスシャワーの天皇賞・春制覇(2回目)

競馬の天皇賞・春で印象に残っているレースといえば、ライスシャワーの1995年の2回目の天皇賞・春の勝利もそうですね・・・
 
ミホノブルボンの菊花賞での3冠阻止、メジロマックイーンの天皇賞・春3連覇阻止をした「刺客」ライスシャワーが、このレースでは、狙うべき「ターゲット」、本命馬がおらず、自身がこのレースの「主役」でした・・・
 
ライスシャワーは、ロングスパートで、追撃を押し切り、このレースを粘り勝ちしました・・・
 
ミホノブルボンやメジロマックイーンのためにも、このレースは「負けられないレース」でした・・・
 
淀(京都競馬場)が得意(菊花賞・天皇賞・春はともに京都競馬場)のライスシャワーは、1995年の天皇賞・春を「主役」で勝ち、この年は、改修工事で、阪神競馬場でなく、京都競馬場で行われた宝塚記念で、レース中に故障し、予後不良に・・・
 
まさかの「悲劇」の結末・・・
 
1995年の天皇賞・春のライスシャワーの「刺客」ではなく「主役」として勝ったレースは、その後の宝塚記念の「悲劇」と合わせ、リアルタイムで見ましたが、印象深いレースでしたね・・・
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ライスシャワーの天皇賞・春制覇(1回目)

競馬の天皇賞・春で、印象に残っているレースといえば、メジロマックイーンの天皇賞・;春3連覇を阻んだライスシャワーの1993年の天皇賞・春もそうですね・・・
 
ライスシャワーは、1992年の菊花賞で、当時無敗の2冠馬(皐月賞・日本ダービー)のミホノブルボンの3冠馬の夢を阻み、「長距離の刺客」といわれていました・・・
当時の菊花賞レコードで、ライスシャワーが勝利しましたが、もし相手がライスシャワーでなければ、ミホノブルボンの3冠は達成できたかもしれません・・・
 
今度は、メジロマックイーンの天皇賞・春3連覇の夢を阻みました・・・
まさに、「刺客」で、この時も当時の天皇賞・春のレコードタイムでした・・・
メジロマックイーンも、ミホノブルボン同様に、もし、相手がライスシャワーでなければ、天皇賞・春3連覇は達成されていたかもしれません・・・
 
このレースは、リアルタイムで見ましたが、ライスシャワーの長距離での強さ、「刺客」ぶりが発揮されたレースでしたね・・・
 
メジロマックイーンについては、「メジロマックイーン」「メジロマックイーンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月28日

メジロマックイーンの天皇賞・春制覇(2回目)

競馬の天皇賞・春で、印象深いレースといえば、メジロマックイーンの勝ったレースもそうですね・・・
 
メジロマックイーンは、天皇賞・春を1991年・1992年と連覇していますが、1992年の日本競馬史上初の連覇の1992年の方が印象深いですね・・・
 
1992年は、無敗の2冠馬(皐月賞、日本ダービー)で、日本ダービー快勝の後、ケガで休養し、大阪杯楽勝で、天皇賞・春へ無敗で臨むトウカイテイオーとの「世紀の対決」で注目されました・・・
 
1番人気は、トウカイテイオーで、メジロマックイーンは2番人気・・・
 
レースは、メジロマックイーンの快勝で、天皇賞・春連覇の快挙で、トウカイテイオーは5着に沈みました・・・
 
メジロマックイーンの長距離での強さを示すレースとなりましたが、メジロマックイーンの距離適性は、万能に近く、中距離でのスピードもあり、あえていえば瞬発力が弱点ぐらいでした・・・
 
 
メジロマックイーンについては、「メジロマックイーン」「メジロマックイーンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
トウカイテイオーについては、「トウカイテイオー」「トウカイテイオーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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