2017年05月20日

シリウスシンボリの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、シリウスシンボリの勝ったレースもそうですね・・・
 
シリウスシンボリは、2歳(当時の3歳)でデビューし、デビュー戦勝利の後、2戦目が斜行で失格、3戦目は、鋭く追い込んだがハナ差2着、4戦目勝利・・・
3歳(当時の4歳)で、厩舎移籍問題や脚部不安などで、若葉賞に勝ったものの、皐月賞に出走できず、ぶっつけで日本ダービーへ・・・
日本ダービーは、皐月賞で5馬身差圧勝のミホシンザンが骨折で回避したこともあり、シリウスシンボリが1番人気となり、レースも快勝・・・
(レース当日は、重馬場で、ミホシンザンが出場できていても、重馬場を苦にしたミホシンザンンは、苦戦は必至でした)
日本ダービー快勝で、ヨーロッパ遠征へ・・・
5歳(当時の6歳)春まで、足掛け3年、14戦しましたが未勝利・・・
(凱旋門賞は、ダンシングブレーヴの14着)
5歳秋に、日本で復帰しますが、6戦して未勝利で現役引退・・・
 
シリウスシンボリは、父モガミ母スイートエプソム(父パーソロン)のシンボリ牧場の総帥・和田共弘氏こだわりの血統・・・
 
和田氏のシンボリ牧場は、中小規模の牧場ながら、シンボリルドルフ・シリウスシンボリで2年連続日本ダービー制覇をしており、その前のサクラショウリと合わせ、3頭の日本ダービー馬を生産しています・・・
 
1985年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、シリウスシンボリがぶっつけで勝ったレースとして印象深いですね・・・
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シンボリルドルフの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、3冠馬シンボリルドルフの勝ったレースもそうですね・・・
 
私は、個人的には、シンボリルドルフが日本競馬史上最強馬だと思っています・・・
 
シンボリルドルフは、2歳(当時の3歳)7月に、デビューし、2歳戦を3戦3勝・・・
3歳(当時の4歳)になると、弥生賞勝利を受け、4戦4勝で皐月賞へ・・・
皐月賞を当時のレースレコードで勝ち、日本ダービーへ・・・
日本ダービーでは、初めて馬群にもまれる苦しい競馬をしますが、日本ダービーも勝利・・・
このレースで、シンボリルドルフ騎乗の岡部幸雄騎手は、シンボリルドルフの反応の悪さに焦りますが、直線に向くと、シンボリルドルフが自ら加速し、直線を抜け出し、快勝・・・
(ちなみに、それまでシンボリルドルフ以外に敗れたことのないビゼンニシキは14着)・・・
秋に、セントライト記念を快勝し、菊花賞も勝利・・・
日本競馬史上初の無敗の3冠馬(後に、ディープインパクトも達成)・・・
続く、ジャパンカップは、1年前の3冠馬ミスターシービーとの「3冠馬対決」に注目されますが、シンボリルドルフは中一週のきついローテーションと体調不良・・・
このレースは3着と初めて敗れます・・・
優勝は、日本馬のカツラギエースが逃げ切り勝ち・・・
ミスターシービーは10着・・・・
暮れの有馬記念では、シンボリルドルフの楽勝(カツラギエース2着、ミスターシービー3着)・・・
この年の年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)になると、天皇賞・春(ミスターシービー5着)を勝ち、宝塚記念を脚部不安で回避も、秋に天皇賞・秋でギャロップダイナの2着の「敗れてなお強し」のレース内容を受け、ジャパンカップ、有馬記念と快勝・・・
この年も年度代表馬(2年連続)・・・
5歳(当時の6歳)で、アメリカでサンルイレイステークスでダハールの6着・・・
レース中の故障で現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、名馬トウカイテイオーなどを出しています・・・
 
シンボリルドルフは、父パーソロン母スイートルナ(父スピードシンボリ)という血統で、シンボリ牧場の総帥・和田共弘氏のこだわりの血統・・・
 
1984年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、日本競馬史上最強馬と私が思うシンボリルドルフが苦しい競馬の中で勝ったレースとして印象深いですね・・・
 
 
シンボリルドルフについては、「シンボリルドルフ」「シンボリルドルフを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
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2017年05月19日

ミスターシービーの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で、印象に残っているレースといえば、3冠馬ミスターシービーの勝ったレースもそうですね・・・
 
ミスターシービーは、無敗の皐月賞馬ながら、日本ダービーで2着に敗れたトウショウボーイの産駒・・・
 
ミスターシービーは、2歳(当時の3歳)で、デビューから2連勝しますが、3戦目に追い込んで敗れ、それをきっかけに追い込む競馬に・・・
3歳(当時の4歳)で、共同通信杯4歳ステークス、弥生賞と連勝し、雨の皐月賞をトウショウボーイに続く親子制覇・・・
日本ダービーでも勝ち、父トウショウボーイ(日本ダービー2着)の無念を晴らしています・・・
秋に京都新聞杯で4着でしたが、菊花賞を勝ち、3冠馬に・・・
この年は、これで休養へ・・・
4歳(当時の5歳)の春は、脚部不安で休養で、秋に毎日王冠2着で復帰し、天皇賞・秋を勝ち、いわゆる「4冠馬」に・・・
しかしジャパンカップは、カツラギエースの10着、有馬記念はシンボリルドルフの3着・・・
5r歳(当時は6歳)は、サンケイ大阪杯で2着、天皇賞・春がシンボリルドルフの5着・・・
脚部不安で現役引退・・・
 
現役引退後は、シャコーグレイドなど重賞勝ち馬を出しています…
 
ミスターシービーは、千明牧場のオーナーブリーディングホースで、親子3代で日本ダービー馬を輩出・・・
(スゲヌマ、メイズイ、ミスターシービー)
 
管理する松山康久調教師(ミスターシービー、後にウィナーズサークル)は、父松山吉三郎調教師(フエアーウイン、後にダイナガリバー)とともに親子制覇・・・
 
ミスターシービーの父トウショウボーイと母シービークイン(毎日王冠勝ちなどの名牝)は、デビュー戦が同じの内国産同士の良血馬・・・
 
ミスターシービーは、千明(C)牧場(B)の代表馬の意味・・・
 
1983年の日本ダービーは、リアルタイムで見ましたが、父トウショウボーイ(日本ダービー2着)の無念をミスターシービーが晴らしたレースとして、印象深いですね・・・
 
 
ミスターシービーについては、「ミスターシービー」「ミスターシービーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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第78回オークス(優駿牝馬)の枠順確定

18日に、21日に行われる競馬の第78回オークス(優駿牝馬)の枠順が確定・・・
 
以下に列記します・・・
(左から枠順、馬番、馬名)
1-1  モズガッチャン
1-2  ソウルスターリング
2-3  フローレンスマジック
2-4  ミスパンテール
3-5  モーヴザファイア
3-6  ハローユニコーン
4-7  ディアドラ
4-8  ホウオウパフィーム
5-9  ディーパワンザ
5-10 ブラックスビーチ
6-11 レッドコルディス
6-12 ブラックオニキス
7-13 レーヌミノル
7-14 リスグラシュー
7-15 ヤマカツグレース
8-16 アドマイヤミヤビ
8-17 カリビアンゴールド
8-18 マナローラ
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2017年05月18日

トウショウボーイが2着に敗れた日本ダービー(優勝:クライムカイザー)

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、クライムカイザーの勝ったレースというより、トウショウボーイが2着に敗れたレースもそうですね・・・
 
トウショウボーイは、強い世代の皐月賞馬でしたが日本ダービーでは2着に敗れています・・・
 
トウショウボーイは、デビューは遅く、3歳(当時の4歳)1月で、デビュー以来3戦3勝で皐月賞に臨み、皐月賞でテンポイントに5馬身差で当時のレースレコードで圧勝・・・
4戦4勝で、日本ダービーに臨みますが、クライムカイザーに「出し抜け」を食らい、2着・・・
秋に神戸新聞杯、京都新聞杯と連勝しますが、菊花賞はグリーングラスの3着・・・
暮れの有馬記念を勝ち、年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)になると、宝塚記念など快勝し、秋は、天皇賞・秋がホクトボーイの7着、有馬記念でテンポイントの2着を最後に現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、3冠馬ミスターシービーなどを出し大成功・・・
内国産種牡馬のエースとして活躍しました・・・
 
1976年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、クライムカイザーが勝ったレースというより、トウショウボーイが2着に敗れたレースとして印象深いですね・・・
 
 
トウショウボーイについては、「トウショウボーイ」「トウショウボーイを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

カツラノハイセイコの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、カツラノハイセイコの勝ったレースもそうですね・・・
 
カツラノハイセイコは、アイドルホースといわれたハイセイコーの産駒・・・
 
2歳(当時の3歳)9月にデビューし、皐月賞前まで10戦4勝・・・
皐月賞がビンゴガルーの2着、NHK杯2着を受け、日本ダービーでは、父ハイセイコーが3着に敗れた日本ダービーを制覇・・・
父の無念を晴らしました・・・
さらに古馬になって、5歳(当時の6歳)で天皇賞・春も制覇・・・
 
1979年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、アイドルホース・ハイセイコーの産駒のカツラノハイセイコが勝ったレースとして印象に残っています・・・
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カブラヤオーの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているといえば、カブラヤオーの勝ったレースもそうですね・・・
 
カブラヤオーは、2歳(当時の3歳)11月に、デビューし、デビュー戦2着を受け、2戦目から連勝し、春の牡馬の主役に・・・
東京4歳ステークス(当時は馬齢旧表記、現在の共同通信杯)では、牝馬の春のクラシックの主役・テスコガビーとの「夢の対決」が実現しましたが、ここでもカブラヤオーはクビ差で勝ち、4連勝(テスコガビーは2着)・・・
6連勝で、皐月賞を制し、8連勝で日本ダービーも制し、2冠馬に・・・
脚部不安で、4歳(当時の5歳)5月に復帰し、オープンを勝ち9連勝・・・
しかし、続くオープンで11着と敗れ、連勝ストップ・・・
短距離ステークス、オープンと勝ち、現役引退・・・
 
現役引退後は、種牡馬として、エリザベス女王杯のミヤマポピー、日本ダービー2着のグランパズドリームなどを出しています・・・
 
1975年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、驚異的ハイペースで逃げたカブラヤオーが2冠馬となったレースとして印象に残っています・・・
posted by keiba-meeting at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

ヤマニンゼファーが死亡

16日に、1993年の天皇賞・秋と1992年と1993年の安田記念を連覇したヤマニンゼファーが死亡・・・

29歳・・・

戦績は20戦8勝・・・
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ハイセイコーが3着に敗れた日本ダービー(優勝:タケホープ)

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、タケホープの勝ったレースというより、ハイセイコーが3着に敗れたレースもそうですね・・・
 
ハイセイコーは、2歳(当時の3歳)7月に、地方競馬でデビューし、3歳(当時の4歳)春まで、デビュー以来6連勝で中央競馬入り・・・
中央競馬入り後も、弥生賞、スプリングステークスと勝ち続け、皐月賞へ・・・
皐月賞でも勝ち、NHK杯も勝って10戦10勝で、日本ダービーへ・・・
しかし、日本ダービーでタケホープの3着に敗れ、初黒星・・・
秋に京都新聞杯2着で、菊花賞がタケホープのハナ差の2着・・・
暮れの有馬記念がストロングエイトの3着・・・
4歳(当時の5歳)になると、主な戦績で、天皇賞・春がタケホープの6着、中距離の宝塚記念、高松宮杯を連勝し、有馬記念のタニノチカラの2着を最後に現役引退・・・
 
現役引退後は、日本ダービー、天皇賞・春のカツラノハイセイコ、皐月賞のハクタイセイなどを出し成功・・・
 
ハイセイコーは、第1次競馬ブームの主役で、第2次競馬ブームの主役・オグリキャップらとともに、「アイドルホース」とされます・・・
 
1973年の日本ダービーは、もちろんリアルタイムで見ていませんが、社会現象にまでなったハイセイコーが3着に敗れたレースとして印象に残っています・・・
(まだ、競馬はよく知りませんでしたが、ハイセイコーの名前は知っていました)
posted by keiba-meeting at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

ロングエースの日本ダービー制覇

競馬の日本ダービー(東京優駿)で印象に残っているレースといえば、ロングエースの勝ったレースもそうですね・・・
 
ロングエースは、ランドプリンス(皐月賞)、タイテエム(天皇賞・春)、イシノヒカル(菊花賞、有馬記念)とともに、「最強世代」の「4強」を形成・・・
(この世代は、最もレベルの高い「最強世代」とも)
 
ロングエースは、デビューが遅く、3歳(当時の4歳)1月に、デビューし、皐月賞前まで5戦5勝でしたが、皐月賞でランドプリンスの3着と初めて敗れる・・・
しかし、日本ダービーでは、優勝(ちなみに、ランドプリンス2着、タイテエム3着、イシノヒカル6着)・・・
秋に、京都新聞杯6着、菊花賞がイシノヒカルの5着、有馬記念がイシノヒカルの8着で現役引退・・・
 
現役引退後、種牡馬となると、宝塚記念のテルテンリュウなどを出しました・・・
まずまずの成功かもしれません・・・
 
1972年は、もちろんリアルタイムで見ていませんが、レベルが高い「最強世代」といわれ、この年の日本ダービーは、「最強世代」の日本ダービーとして印象に残っています・・・
posted by keiba-meeting at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする