シンボリルドルフの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で、印象深いレースといえば、シンボリルドルフの勝ったレースもそうですね・・・
 
このレースは、1985年の天皇賞・春であり、3冠馬対決(シンボリルドルフ対ミスターシービー)の3回目の対決であり、最後の対決でした・・・
 
過去の2戦・・・
最初の対決は、1984年のジャパンカップ・・・
秋に、復活し、天皇賞・秋を制し、前年の3冠に加え、「4冠馬」となったミスターシービーがこのレースの1番人気で、この年、日本競馬史上初の無敗の3冠馬となったシンボリルドルフは、当時の菊花賞からジャパンカップまでの中1週のきついローテーションに加え、体調不良で4番人気・・・
このレースに勝ったカツラギエースは、10番人気でした・・・
レースは、カツラギエースが楽に逃げ、そのまま逃げ切り勝ち・・・
シンボリルドルフは3着、いつもの「最後方」からのミスターシービーは10着・・・
2回目の対決は、同年の有馬記念で、前走でカツラギエースを楽に逃がしたシンボリルドルフは、この反省からつねに逃げたカツラギエースを2番手でマークし、直線であっさりかわし楽勝・・・
シンボリルドルフは、3冠と合わせ、「4冠」・・・
カツラギエースは2着でこのレースで現役引退、いつもの「最後方」より少し前で競馬したミスターシービーは3着・・・
 
3回目の対決の1985年の天皇賞・春は、ミスターシービーがレース序盤は、後方でしたが、3コーナーから3冠を達成した菊花賞を彷彿させるまくりで、シンボリルドルフの「前」に出ましたが、直線でシンボリルドルフは、あっさりとミスターシービーをかわし優勝・・・
ミスターシービーがシンボリルドルフにかわされる時の「また、こいつ(シンボリルドルフ)か」の表情が印象的でした・・・
ミスターシービーは、直線で失速し、5着・・・
シンボリルドルフは、シンザンと並ぶ「5冠」・・・
この後、シンボリルドルフは、宝塚記念を体調不良で回避、秋に天皇賞・秋で復帰も2着、続くジャパンカップ、有馬記念を楽勝し、「7冠」・・・
 
1986年にアメリカでサンルイレイステークス6着、実はこのレース中に故障しており、復帰も検討されたが、そのまま現役引退・・・
 
シンボリルドルフは、種牡馬として、名馬トウカイテイオーなどを出しています・・・
 
ミスターシービーは、このレース(1985年の天皇賞・春)後、脚部不安で現役引退・・・
 
ミスターシービーは、種牡馬として、重賞勝ち馬を出しました・・・
 

このレースは、リアルタイムで見ており、シンボリルドルフの強さが際立ったレースでしたね・・・
 
 
シンボリルドルフについては、「シンボリルドルフ」「シンボリルドルフを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
 
ミスターシービーについては、「ミスターシービー」「ミスターシービーを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
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2017年04月24日

フジキセキ産駒が史上2位タイの重賞18年連続勝利!

フジキセキ産駒(イスラボニータ)が今年のJRA重賞初勝利・・・

これで、フジキセキ産駒は、重賞を18年連続勝利で、ノーザンテースト、ブライアンズタイムと並び史上2位タイ・・・

ちなみに、1位は、19年連続のパーソロン・・・

参考までに、フジキセキの父であるサンデーサイレンスは17年連続・・・
posted by keiba-meeting at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の競馬 | 更新情報をチェックする

テンポイントの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春では、テンポイントの勝ったレースも印象深いですね・・・
 
テンポイントは、2歳(当時は3歳)からの期待馬でしたが、3歳(当時は4歳)となり、5戦5勝で1番人気で臨んだ皐月賞は、トウショウボーイの2着、日本ダービーはクライムカイザーの7着、菊花賞は、グリーングラスの2着とクラシック無冠・・・
暮れの有馬記念もトウショウボーイの2着・・・
 
古馬になった4歳当時は5歳)で、初めての大レース勝ちが天皇賞・春・・・
 
しかし、宝塚記念で、再びトウショウボーイの2着・・・
 
そして、トウショウボーイに雪辱する最後のチャンス(トウショウボーイは、このレースが引退レース)の2回目の有馬記念で、名勝負といわれるこのレースをテンポイントが制します・・・
 
しかし、5歳(当時の6歳)の日経新春杯で、骨折、異例の手術と闘病生活の末、死亡・・・
 
しかし、テンポイントの闘病は、医療技術の進歩や有力馬の過度な負担重量・冬場のレースの見直しにつながりました・・・
 
テンポイントの天皇賞・春は、もちろんリアルタイムで見ていませんが、テンポイントが「無冠の帝王」を返上したレースとして印象深いですね・・・
 
テンポイントについては、「テンポイント」「テンポイントを知るおすすめめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

カツラノハイセイコの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で、印象深いレースといえば、第1次競馬ブームを作ったハイセイコーの産駒のカツラノハイセイコの勝ったレースもそうですね・・・
 
その後、第2次競馬ブームでオグリキャップへと・・・
 
カツラノハイセイコは、500キロを超す巨体の父・ハイセイコーと違い、450キロ台の小型馬・・・
 
父の勝った皐月賞は、2着でしたが、父の敗れた日本ダービーに勝ち、父の無念を晴らしています・・・
 
古馬になり、1981年の天皇賞・春でも勝利・・・
 
「見てくれこの根性だ!見てくれこの根性だ!・・・さあ先頭は、先頭はハイセイコ・・・」の杉本清アナウンサーの名実況でも知られますね・・・
 
父・ハイセイコーは、中距離馬でしたが、息子のカツラノハイセイコは、3200メートルの天皇賞・春を制しました・・・
 
もちろんこのレースは、リアルタイムで見てはいませんし、当時は競馬に興味がありませんでしたが、社会現象になったハイセイコーは、知っており、ハイセイコーの息子・カツラノハイセイコが勝ったレースとして印象深いですね・・・
 
posted by keiba-meeting at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

第62回フローラステークスはモズカッチャンが優勝など

23日に、第62回フローラステークスが行われ、12番人気で和田竜二騎手騎乗のモズカッチャンが優勝・・・

優勝馬と2着・ヤマカツグレース、3着・フローレスマジックまでが、オークスの優先出走権・・・

1番人気のホウオウパフュームは8着・・・


同日に、第48回マイラーズカップが行われ、2番人気の2014年の皐月賞馬・イスラボニータが2014年9月のセントライト記念以来久々の勝利・・・

優勝馬は、安田記念の優先出走権・・・

1番人気のエアスピネルは2着・・・


22日に、第14回福島牝馬ステークスが行われ、3番人気で吉田隼人騎手騎乗のウキヨノカゼが優勝・・・

重賞3勝目、1年8ヶ月ぶりの勝利・・・

1番人気のクインズミラーグロは3着・・・

posted by keiba-meeting at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の競馬 | 更新情報をチェックする

エリモジョージの天皇賞・春制覇

競馬の天皇賞・春で、印象に残っているレースといえば、不良馬場の中、福永洋一騎手騎乗で逃げ切ったエリモジョージのレースもそうですね・・・
 
1976年の天皇賞・春は、不良馬場の中でエリモジョージが見事にクビ差で逃げ切ったレースで、もちろんリアルタイムでは見ていませんが、実況の名手・杉本清アナウンサーが、エリモジョージの見事なクビ差の逃げ切り勝ちに、ゴール前で声が続かず、声をつまらせたことで、印象にありますね・・・
 
エリモジョージ騎乗の天才・福永洋一騎手の見事な逃げ切りは、「伝説的騎乗」「天才伝説」の一つです・・・
 
エリモジョージは、常に強かったわけではありませんが、ときどき「恐ろしい」ほどの強さ・底力で大レースを勝ち、「気まぐれジョージ」といわれました・・・
 
ツボにはまった時は、強かったですね・・・
 
エリモジョージは、天才・福永騎手の好きな馬でもありました・・・
 
エリモジョージは、コンスタントに走るわけではないが、大レースに強い底力のある「クラシック血統」の典型でしたね・・・
posted by keiba-meeting at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

シンザンが恐れた馬

競馬の天皇賞・春が、30日に行われますが、アサホコの勝った同レースも印象深いですね・・・
 
アサホコは、シンザンが体調不良で出走回避した1965年の不良馬場の天皇賞・春を7馬身差で圧勝した馬です。
 (もちろん、リアルタイムでは、このレースを見ていませんが・・・)
 
シンザンがアサホコとの対決を避けたともいわれ、アサホコは「シンザンが恐れた馬」ともいわれています。
 
アサホコの強さについては、シンザンの関係者も当時を振り返り、「あの頃のアサホコの強さは、絶好調のシンザンでも五分だったと思いますよ」と語っています・・・
 
アサホコがシンザンに勝っていたとまではいいませんが、1965年の天皇賞・春は、不良馬場で行われ、重馬場を苦にしたといわれるシンザンが、もしこのレースに出走していても苦戦は必至だったとされます。
posted by keiba-meeting at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

シンザンの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で、印象深いレースといえば、シンザンの勝ったレースもそうですね・・・
 
シンザンは、3歳(当時の4歳)の皐月賞前まで5戦5勝でしたが、さほど期待されていませんでした・・・
皐月賞で快勝し、無敗の皐月賞馬になると、日本ダービー前のオープンで2着と初めて敗れましたが、日本ダービーを勝ち2冠馬・・・
秋には、「夏負け」の影響もあり、菊花賞の前哨戦を2連敗しますが、菊花賞に勝ち、日本競馬史上2頭目、戦後初の3冠馬・・・
4歳(当時の5歳)は、春は宝塚記念など3戦全勝・・・
秋も2連勝を重ね、天皇賞・秋に勝ち、その後のオープンで2着に敗れますが、引退レースの有馬記念では、直線で大外を通り(いわゆる「シンザン・ロード」)、優勝して現役引退・・・
当時の5つの大レースを制した(3冠=皐月賞・日本ダービー・菊花賞、天皇賞・秋、有馬記念)ことから「5冠馬」とも・・・
 
種牡馬としては、皐月賞、菊花賞、天皇賞・春のミホシンザンなどを出し成功しています・・・
 
さらに35歳3か月11日での死亡は、軽種馬の最長寿の日本記録・・・
 
長らく「シンザンを超えろ」が日本競馬の目標でした・・・
(この目標はシンボリルドルフに引き継がれる)
 
今でも「シンザンこそ日本競馬史上最強馬」の声も・・・
 
シンザンの皐月賞勝利は、リアルタイムでは見ていませんが、「シンザン伝説」の序章でしたね・・・
 
シンザンについては、「シンザン」「シンザンを知るおすすめ作品」をご覧ください・・・
posted by keiba-meeting at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする

コダマの皐月賞制覇

競馬の皐月賞で印象に残っているレースといえば、コダマの勝ったレースもそうですね・・・
 
コダマは、2歳で阪神3歳ステークス(当時の3歳)まで、3戦3勝・・・
3歳(当時の4歳)で皐月賞前まで5戦5勝で、皐月賞も勝ち6連勝・・・
デビュー以来の連勝は、日本ダービーまでで、7連勝で無敗の2冠馬・・・
秋にオープン3着で連勝が止まり、京都大賞典3着、菊花賞5着で3冠馬ならず・・・
暮れの有馬記念も6着・・・
2冠が評価され年度代表馬・・・
4歳(当時の5歳)になると、大阪杯、スワンステークスを連勝するも、脚部不安で天皇賞・春を回避、長期休養・・・
5歳(当時の6歳)で復帰すると、復帰初戦のオープンこそ2着でしたが、その後のオープンを2連勝し、宝塚記念に優勝し、現役引退・・・
 
種牡馬としては、初年度から重賞勝ち馬を出し、3年目に桜花賞馬・コレヒデを出しています・・・
 
コダマは、栗毛の美しい華麗な馬で、才気あふれていましたが、奥深さがなく、コダマを管理した武田文吾調教師が後に同じく管理することになる、見かけは無骨だが奥深いシンザンと比較して「コダマはカミソリの切れ味、シンザンはナタの切れ味」といったといわれます・・・
(シンザンは、コダマの達成できなかった3冠馬となり、さらに2つの大レースを制し「5冠馬」と呼ばれた)
 
コダマの皐月賞は、もちろんリアルタイムでは見ていませんが、華麗なコダマの勝利は、上記の「コダマはカミソリの切れ味・・・」で、印象にありますね・・・
posted by keiba-meeting at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | 更新情報をチェックする